った狼じゃ。で私は素晴らしい幸運を他人のお前へ渡すのじゃ」
不思議な老人はこう云うと縁からスラリと立ち上がった。そして私へは構わずに亭《ちん》を離れて歩き出した。私はしばらく呆気《あっけ》にとられ老人の姿を見送っていたが気がついて背後《うしろ》から声をかけた。
「ご老人!」と私は忍び音で、「お名前をおきかせくださいまし、いったいどなたでございます?」
すると老人は振り返ったが、
「この国で一番不幸な男! それがすなわちこの私《わし》じゃ」
「この国で一番不幸な男? それがご老人だとおっしゃいますか?」
「世間の人達は反対にこの国で一番|幸福者《しあわせもの》がこの私《わし》じゃなどと云っている」
「どうも私にはわかりません……」私は老人を見守った。
「ここにある宮殿や庭園はみんなこの私《わし》の所有物《もちもの》じゃ……四百余州の天も地も今では私の自由になる。私はそういう人間じゃ」
私は尚も老人をおりから雲を出た月に照らして、じっと仔細に見廻したが、吃驚《びっくり》して飛び上がった。
「あなたは! そうだ! わかりました!」
「わしは寂しい人間だよ! 一人の味方もない人間だよ」
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