]した。
「恐ろしい奴だ」と思ったからであった。
自然それが五右衛門にも解り、五右衛門も秀吉を疎むようになった。
遂々《とうとう》或る日瓢然と、伏見の城を立ち去った。
剽盗《せっとう》に成ったのは夫れからである。
五右衛門が伏見から去ったのを、誰にもまして失望したのは、親友の曽呂利新左衛門であった。
彼は怏々として楽しまなかった。
「面白くないな、全く面白くない。殿下も腹が小さ過ぎる。五右衛門ぐらいを使え無いとは。……俺もお暇しようかしら。考えて見れば俺なんてものは、体のいい貴顕の※[#「封/帛」、第4水準2−8−92]間というものだ。男子生れて※[#「封/帛」、第4水準2−8−92]間となる! どうも威張れた義理じゃ無い」
こういう考えが浮かんで以来《から》、軽妙な頓智が出なくなった。
「俺は決して幇間では無い。俺はこれでも諷刺家なのだ。世の所謂る成上者が、金力と権力を真向にかざし、我儘三昧をやらかすのを、俺は俺の舌の先で、嘲弄し揶揄するのだ。例えば或る時こんなことがあった。そうだ聚楽第の落成した時だ、饗応の砌、忌言葉として、火という言葉を云わぬよう、殿下からの命令だった。が俺は考えた。言葉を忌んで何んになる。油断から火事は起こるのだ。言葉から火事は起こりはしない。土台俺には此の聚楽が、不愉快に見えて仕方が無い。構うものか逆手を使って、あべこべに殿下をとっちめ[#「とっちめ」に傍点]てやれ、で、俺は殿下へ云った。『殿下、私には槻《けやき》細工の、見事の釜がございます』『槻の釜だと、馬鹿を云え。火に掛けたら燃えるだろうに』『殿下、罰金でございます! 忌言葉を有仰ったではございませんか』『おっ成程、火と云ったな』『それそれ二度迄申されました』――で、俺は罰金を取り、京大阪伏見の住民へ、米を施してやったものだ。……俺は断じて※[#「封/帛」、第4水準2−8−92]間では無い。俺は俺の舌三寸で、成上者の我儘を、抑え付けている警世家だ! と実は今日まで信じて来たのだが、どうも今では其の自信が土台下から崩れて来た。一体全体俺の頓智が、どの位い世の為めになってるか? これが第一疑わしい。せいぜい殿下の臍繰を攫って、施米するぐらいがオチでは無いか。そうして殿下の我儘は、そのため毫も抑えられはしない。次に俺に就いて考えて見るに、警世家で候、諷刺家で候と、よく口癖には云うけれど、態度たるや然うでは無い。軽口頓智を申上げ、それで殿下がお笑いになれば、唯無性と嬉しくなる。こういう心持は何う弁解しても、傭人の卑窟心だ。操っている操っていると思い乍ら、いつか人形に操られている、可哀そうな馬鹿な人形師! どうやら其奴が俺らしい。成程なあ、こうなって見れば、浪人した五右衛門は利口だわえ」
彼は怏々として楽しまなかった。
五
剽盗になってからの五右衛門は、文字通り自由の人間であった。
本能によって振舞った。
快不快によって振舞った。
所謂る徹底した功利主義者として、天空海濶に振舞った。
「その結果が愉快でさえあれば、動機なんか何うだって構うものか」
これが五右衛門の心持であった。
だが、賊としての五右衛門の、その凶悪の事蹟に就いては、既に大分の読者諸君は、講談乃至は草双紙によって、先刻承知のことと思う。で、詳しくは語るまい。
関白秀次に仕えたのは、秀次の執事木村常陸介と、同門の誼《よしみ》があったからであった。
「おい、仕えろ」「うん、よかろう」
こんな塩梅に簡単に、常陸介の周旋で、五右衛門は秀次へ仕えたのであった。
当時秀次は聚楽第にいて、日夜淫酒に耽っていた。
「天下はどうせ秀頼のものだ。俺は廃嫡されるだろう。どうも浮世が面白くない。面白くない浮世なら、面白くしたら可いじゃ無いか」
で、淫酒に耽るのであった。
快楽主義者の五右衛門に執っては、秀次は格好な主君であった。
素敵に愉快な日がつづいた。
或る時常陸がこんなことを云った。
「五右衛門、一働き働いてくれ」
「よかろう、何んでも云い付けるがいい」
「伏見の城へ忍んでくれ」
「…………」
さすがに五右衛門も黙って了った。
よく其の意味がわかったのであった。「ははあ常陸奴この俺を、刺客にしようというのだな」
ややありて五右衛門は「諾《うん》」と云った。「俺はいつぞや秀吉の襟へ、小柄を縫い付けたことがある。つまり、なんだ、その小柄を、今度は深目に刺すばかりだ」
×
五右衛門が秀次に仕えたと聞くと、ひどく秀吉は恐怖した。
そこで諸国へ令を出し、名誉の忍術家を召し寄せた。
その中から十人を選抜し、「忍術《しのび》十人衆」と命名し、大奥の警護に宛てることにした。
一条弥平、一色鬼童、これは琢磨流の忍術家であった。
茣座小次郎
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