。
機智縦横の新左衛門だけが、それに不審の眼を止めた。
「徳善院様徳善院様」
彼はそっと囁いた。「誰か人が寝て居ります」
「附近の百姓が労働に疲労《つか》れ、辻堂で昼寝をしているのさ」徳善院は事も無げに云った。
「足をごらんなさりませ」
「人間の足だ、異ったこともない」
「白くて滑らかで細うございます。百姓の足ではございません」
「そう云えば百姓の足では無いな」
「瓜が傍に置いてあります」
「さようさ、瓜が置いてあるな」
「蠅が真黒にたかっ[#「たかっ」に傍点]て居ります」
「蠅や虻がたかっ[#「たかっ」に傍点]ている」
「あれは賊でございます」新左衛門は自信を以って云った。
「夜働きに疲労れた盗賊が、瓜の二つ割で毒虫を避け、昼寝をしているのでございます」
「うん、成程、そうかも知れない。それ者共召捕って了え!」
素晴らしい格闘が行われ、その結果賊は捕縛された。
それが石川五右衛門であった。
底本:「蔦葛木曾棧」桃源社
1971(昭和46)年12月20日発行
初出:「大衆文芸 第一巻第一号」
1926(大正15)年1月号
※「※[#「封/帛」、第4水準2−8−92]」と「幇」との混在は底本通りにしました。
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也、小林繁雄
2007年4月5日作成
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