丈様ばかりを庵へ残し、わたしたち四人が五反麻を立って、犬神の屋敷へ向かったのは、それから間もなくのことであり、後夜《ごや》をすこしく過ごした頃には、屋敷の前に立っていました。
「まず拙者が」と云いながら、北条右門様が土塀を乗り越し、内側から潜《くぐ》り戸をあけましたので、わたしたちは構内へ入り込みました。
「静かに! ……いる、誰かいる。……それも大勢いるらしい」
植え込みの間を分けながら、千木の立っている建物の方へ、わたしたちが数間歩きました時、囁くような声で国臣様は云われ、にわかに足を止められました。
「北条氏、北条氏、貴殿には望東尼様を警護されて、ゆるゆる後からおいでくだされ。……重助おいで、わしと先駆《せんく》じゃ」
そこでわたしは国臣様とご一緒に、先へ進んで行きました。手入れをしないからでありましょう、植え込みは枝葉を林のように繁らせ、雑草は胸まで届くほどにも延び、それが夜露を持ちまして、手や足に触れる気味の悪さは、何んともいいようがありませんでした。
「重助、あぶない、伏せ、地へ伏せ!」
国臣様が小さいお声で、でも叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]なさるかのように、振りかえってそうわたしにおっしゃいましたのは、十間ほど進んだ時でした。
わたしはすぐに地へ寝ました。
寝たまま見ている私の眼の前を掠めて、二人の男が木蔭から飛び出し、左右から豹のように国臣様を目がけて、組みついて行くのが見てとられました。
つづいてわたしの眼に見えましたのは、飛鳥のように国臣様が飛び退き、瞬間片足を蹴上げたことと、それに急所を蹴られたのでしょう、一人の男が呻き声をあげて、あおのけざまに仆れたことと、しかしもう一人の男の方が、もうその時は国臣様の体へ、背後《うしろ》からしっかり組みついたことと、でもその次の瞬間に、その男は振りはなされ、振りはなされたとたんに国臣様によって、おそらくあて[#「あて」に傍点]身をくわされたのでしょう、これも呻き声をあげながら、地に仆れたことでした。
「重助来い!」
「へい」
「向こうだ!」
木立のあなた遙かの向こうに、ぽっと火の光が射していましたが、その方へわたしたちは走って行きました。
千木のたててある建物が立っていて、その門の戸があいていて、そこから火の光が射していて、その前に十数人の人影がいて、何やら叫んでおります姿が
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