生垣と植え込みとによって、こんもり囲まれている庵室を眼がけて、数十人の人影がどこからともなく現われ、殺到して行くではありませんか。
(捕吏だ!)と私は突嗟に思いました。(ご上人様を捕えに来た捕吏たちだ!)
 そう思った私を裏書きするように、
「方々捕吏だ、捕吏でござるぞ!」と叫ぶ、斗丈様の狼狽した声が聞こえて来ました。
 それに続いて聞こえて来たのは、戸や障子の仆れる音、捕吏たちの叫ぶ詈り声などで、その捕吏たちが庵室へ駈け上がり、奥の方へ乱入して行く姿なども、影のように見えました。わたしは夢中で走って行きました。
 でも庵室の縁の前まで行った時、抜き身を揮《ふる》って喚く北条右門様や、鞘のままの大刀を左手に提げ、右手で捕吏たちを制するようにしている、わたしの見知らない若いお侍さんや、顔色を変えている斗丈様、そういう方々によって警護され、しかし大勢の捕吏たちによって、奥の部屋から引き出されたらしい、ご上人様の法衣姿《ころもすがた》が、勿体なく痛々しく現われて来ました。
(ああとうとうお捕られなされた?)
 と、私は眼をクラクラさせ、地面へ膝をついてしまいました。
 そういう眩んだわたしの眼にも、ご上人様の片袖を握っている男が、竹田街道の立場茶屋で逢い、そうしてたった今しがた、怪しい屋敷の前で逢ったところの、例の男であることがわかりました。
 何んという無礼な男なのでしょう、その男は不意に手をあげて、ご上人様の冠っておられた黒の頭巾を、かなぐりすてたではありませんか。
「あっ」
 わたしも驚きましたが、捕吏たちもすっかり胆をつぶし、叫んだり喚いたり詈ったり、座敷から庭へ飛び下りたりしました。
 突然笑い声が爆発しました。
 右門様が抜き身を頭上で振りまわし、躍り上がりながら笑ったのでした。
「ワッハッハッ、思い知ったか!」
「だから拙者申したのじゃ」と、右門様の笑い声に引きつづき、総髪の大髻《おおたぶさ》に髪を結い、黒の紋附きに白縞袴を穿いた、わたしの見知らないお侍様が凛々《りり》しい重みのある澄んだ声で、そう捕吏たちに云いました。
「人違いじゃ、粗相するなと。……平野次郎|国臣《くにおみ》は嘘言は云わぬよ。……月照上人など当庵にはおられぬ。……これなるお方は野村|望東尼《ぼうとうに》殿じゃ。……福岡において誰知らぬ者とてはない、女侠にして拙僧の野村望東尼殿じゃ。……和
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