何の何の偽りでござる。こやつら二人父の不覚が、身の破滅となり知行召し上げ、屋敷を放逐されたはず、人の噂で聞き及び居ります。所詮は浪人の窮餘の索、拙者を討ち取ってそれを功に、帰参願おうの手段でござる!」


「そうとさそうとさ!」
「それに相違ねえ」
「何でもいいから料ッてしまえ!」
 角太郎はじめ五人の博徒は、主水兄妹に切りかかった。
 こうなっては問答は無益、切り払って危難をまぬがれ、陣十郎に近寄って、討ち取るより他に策はなかった。
「理非を弁えぬ汝ら博徒、その儀なれば用捨はならぬ、切って切って切りまくり、五ツ屍を積んで見せる……妹よ、澄江よ、背を合わせて……」
「あい」と云うと妹澄江も、血相変えて一所懸命、懐刀逆手に真向に構え、背中を主水の背中に附けた。
「くたばれ、野郎!」とその瞬間、主水目掛けて躍りかかったは、剣法は知らぬが喧嘩には巧みの、切り合いには手練の角太郎であった。
 音! 鏘然、つづいて悲鳴!
 捲き落とされた脇差が、土煙立つ街道に落ち、肩を割られた角太郎が、足を空ざまに宙に上げ、
「切られた――ッ、畜生! ……畜生! 畜生! 畜生!」
 倒れてノタウチ這い廻り、はだけた胸を血で濡らした姿が、悲惨に醜く眺められた。
「ワ――ッ」と博徒どもは一度に退いた。
「妹、つづけ!」とその隙を狙い、開けた人垣から突き進み、陣十郎目掛けて主水は走った。
「陣十郎! 汝《おのれ》! ……尋常に勝負!」
 真向に刀を振り冠り、走り寄られて陣十郎は、既にこの時抜いていた刀を、これは中段に構えながら、主水の凄じい気勢に壓せられ、剣技はほとんど段違いの程度に、自身《おのれ》勝っては居りながら、ジタジタと後へ引き、しばらく姿勢を保ったが、敵わぬと知ったか何たる卑怯! 街道を逸れて耕地の方へ主水へ背を向け走り出した。
「逃がしてなろうか、汝《おのれ》陣十郎! 穢き振舞い、返せ、勝負!」
 主水は罵って後を追った。
 二十間あまりも追ったであろうか、
(妹は?)と気が付き振り返った。
 四人の博徒に取り囲まれ、切りかかる脇差を左右に反《か》わし、脱けつ潜りつしている澄江の姿が、街道の塵埃《ほこり》を通して見られた。
(南無三、妹を死なしてなろうか!)
「澄江ヨ――ッ」と呼ばわり引っ返したが、
「主水勝負!」と陣十郎の声が、刹那背後から聞こえてきた。
「心得たり!」と振り返った
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