は、広言以上に陣十郎の剣法が、物凄いものであることを知り、内心胆を冷やしたが、娘の澄江が仲に入ったため、意外にも陣十郎から勝を譲られた。しかし庄右衛門は考えた。この恐るべき悪剣法者を、このまま屋敷にとめ置いては、我家のためになるまいと。そこでその日茶を飲みながら、それとなく退去を命じてしまった。
これが陣十郎の身にこたえた。
彼としては勝をゆずったのであるから、今後は厚遇されるであろう、そうして勝をゆずったのは、澄江が出現したからで、澄江のためにゆずったのである。だから今後はおそらく澄江も、自分に好意を持つだろうと、そんなように考えていたところ、事は全然反対となった。
そこで小人の退怨《さかうらみ》! そういう次第ならと悪心を亢ぶらせ、翌夜不意に庄右衛門を襲い、寝所でこれを切り斃し、悲鳴に驚いて出て来た澄江を、得たりとばかりに引っ抱え、これも物音に驚いて、出て来た主水をあしらいあしらい、戸外《そと》へ走り出て遁れようとした。
と、意外な助太刀が出た。
秋山要介や浪之助であった。
そこで澄江を手放したあげく、身を持て遁れ行方《ゆくえ》不明となった。
こうなって見れば主水としては、なすべき事は一つしかなかった。
敵討《かたきうち》!
そう、これだけであった。
父の葬式《そうしき》を出してしまうと、すぐに敵討のお許しを乞うた。
「よく仕《つかまつ》れ」と闊達豪放の主君、榊原式部少輔《さかきばらしきぶしょうゆう》様は早速に許し、浪人中も特別を以て、庄右衛門従来の知行高を、主水に取らせるという有難き御諚、首尾よく本望遂げた上は、家督相続知行安堵という添言葉さえ賜った。
「お兄様|妾《わたくし》も是非にお供を」
いよいよ旅へ出るという間際になって、こう澄江が云い出した。
「お父上が陣十郎に討たれました。その原因の一半は、妾にあるのでござりますから」
こう澄江は主張するのであった。
「女を連れての敵討の旅、それはなるまい」と主水は拒んだ。
「主君への聞こえ、藩中の思惑、柔弱らしくて心苦しい」
こう云って主水は承知しなかった。
「宮城野《みやぎの》、しのぶ[#「しのぶ」に傍点]は女ばかり、姉妹《きょうだい》二人で父の敵を、討ち取ったではござりませぬか」
2
だから私達兄妹二人で、父の敵を討ち取ったところで、不思議はないというのであった。
そういう澄江
前へ
次へ
全172ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング