、もっと罪の深い、そうしてもっと度胸の入る、凄い商売へ入り込んでしまった。
女邯鄲師《おんなかんたんし》[#ルビの「おんなかんたんし」は底本では「おんんなかんたんし」]――それになってしまった。
道中や温泉場などで親しくなり、同じ旅籠《はたご》へ一緒に泊り、情を通じてたらす[#「たらす」に傍点]もあり、好きな男で無い場合には、すかし[#「すかし」に傍点]、あやなし[#「あやなし」に傍点]、たぶらかし[#「たぶらかし」に傍点]て、油断を窺って有金から持物、それらを持って逃げてしまう、平ったく云えば枕探し、女賊になってしまったのである。
陣十郎の情婦になったのも、平塚の宿で泊まり合わせ、枕探しをしようとしたところ、陣十郎のために取って抑えられた、それが因縁になったのであった。
その女邯鄲師のお妻であるが、今度陣十郎と連立って、産れ故郷へ帰って来た。と、今朝高萩の村道を、懐かしい昔の仲間達が――すなわち秩父香具師達が、旅|装束《よそおい》で通って行った。知った顔も幾個かあった。で、あまりの懐かしさに、冗談云い云いこんな森まで、連立って一緒に来たのであった。
「おや」と不意にお妻は云って、急に足を一所で止めた。
「こんなところに人間が死んでいるよ」
行手の杉の木の根下の草に、抜身を持った武士が倒れている。
「ほんに、可哀そうに、死んでらあ。……しかも若いお侍さんだ」
香具師達は云って近寄って行った。
お妻はその前にしゃがみ[#「しゃがみ」に傍点]込み、その武士の額へ手をやったが、
「冷えちゃアいない、暖《あった》かいよ」
いそいで脉所《みゃくどころ》を握ったが、
「大丈夫、生きてるよ」
「じゃア気絶というやつだな」
一人の香具師が心得顔に云った。
「そうさ、気絶をしているのさ。抜身を持っているところを見ると、きっと誰かと切り合ったんだねえ。……どこも切られちゃアいない。……気負け気疲労《きつかれ》[#「気疲労《きつかれ》」は底本では「気疲労《きつかれ》れ」]で倒れたんだよ」
云い云いお妻は覗き込んだが、
「ご覧よ随分|好男子《いいおとこ》じゃアないか」
「チェーッ」と誰かが舌打ちをした。
「姐御いい加減にしてくんな。どこの馬の骨か知れねえ奴に、それも死に損ない殺され損ないに。気をくばるなんて嬉しくなさ過ぎらあ」
「まあそういったものでもないよ。……第一随
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