その下に立った五郎蔵一家の用心棒の、望月角右衛門が、木刀で、男女《ふたり》を撲っているではないか。撲られる苦痛で、典膳とお浦とは身悶えし、身悶えするごとに、二人の体は、宙で、縒《よ》じれたり捻《ね》じれたりし、額や頤をぶっつけ合わせた。そういう二人の顔は、窓の高さに存在《あ》った。だから窓の外から見れば、二個《ふたつ》の首級が、噛み合い食い合いしているように見えるのであった。納屋の壁には、鋤だの鍬だの鎌だのの農具が立てかけてあり、地面には、馬盥《ばだらい》だの※[#「韋+鞴のつくり」、第3水準1−93−84]《ふいご》だの稲扱《いねこ》きだのが置いてあったが、そのずっと奥の方に、裸体《はだか》蝋燭が燃えており、それを囲繞《かこ》んで、六人の男が丁半《しょうぶ》を争っていた。五郎蔵の乾児どもであった。その横に立って、腕組みをし、勝負を見ているのは、これも用心棒の小林紋太郎で、その南京豆のような顔は、蝋燭の光で黄疸|病《やみ》のように見えていた。
 これらの輩《やから》は、戸のあく音を聞くと、一斉にそっちを見たが、
「染八か」「何をしていたんだ」「喜代三はどうした」「いい勝負がはじまっている」「仲間にはいりな」
 などと声をかけた。
 井戸の方へ水を飲みに行った二人の身内の一人が、帰って来たものと思ったらしい。しかし明るい戸口の外光《ひかり》を背負《しょ》って立っている男が、染八でもなく喜代三でもなく、武士だったので、乾児たちは一度に口を噤《つぐ》んでしまった。
 頼母に一番近く接していた角右衛門が、真っ先に侵入者の何者であるかを見てとった。
「わ、わりゃア伊東頼母!」
 と叫ぶと、持っていた樫の木刀を、真剣かのように構えた。しかしこの老獪な用心棒は、打ち込んで行く代わりに背後へ退き、粗壁《あらかべ》へ守宮《やもり》のように背中を張り付け、正面に、梁から、ダラリと人形芝居の人形のように下がり、尚グルグルと廻っている、典膳とお浦との体の横手から、恐《こわ》そうに頼母を見詰めた。
 乾児たちは角右衛門の声を聞くと、一斉に立ち上がった。蝋燭が仆れて消えた。
「いかにも伊東頼母!」
「探しているところだ!」
「いいところへ来やがった」
「たたんで[#「たたんで」に傍点]しまえ!」
「誘拐《かどわかし》め!」
「盗賊《ぬすっと》め!」
 乾児たちは口々に喚《わめ》きだした。
「親分にお知らせして……さよう親分にお知らせした方がよろしい。……拙者一走りして……」と、臆病者の紋太郎は、侵入者が頼母だと知った瞬間、一躍《ひととび》して、乾児たちの背後へ隠れたが、今度はいち早く、納屋から逃げ出そうとして、そう叫びながら、乾児たちを掻き分けて前へ出、頼母の体によって半分以上|塞《ふさ》がってはいるが、しかし尚明るく見えている戸口を狙った。
 頼母は、この意外なありさまに度胆を抜かれたが、そのうち自分が、何か誤解されているらしいことに感付いた。
「方々――いや五郎蔵殿のお身内、拙者はいかにも伊東頼母、先夜、父の敵五味左門に邂逅《めぐりあ》いました際には、ご助力にあずかり、千万忝けのうござった。お礼申す。その夜お断わりもいたさず武蔵屋を立ち退きましたは、とり逃がしました左門を探し出そうためで。……しかし挨拶なしにお暇《いとま》いたしましたは拙者の不調法、お詫《わ》びつかまつる。……いやナニここへ参りましたのもほんの偶然からで。……さよう、窓から、お浦殿の顔と典膳めの顔とが……どっちみち偶然からで。……それにいたしましても、只今のお言葉、ちと不穏当! 合点ゆきませぬ! ……誘拐者とは? 盗賊とは?」
 と云い云い、頼母は、油断なく四方《あたり》へ眼を配った。

    納屋の血煙り

「吐《ぬ》かすな!」と、首根っ子に瘤《こぶ》のある乾児《こぶん》が叫んだ。「白々しい三ピン! 何を云うか! ……親分の恋女《おんな》、お浦を誘惑《そそのか》し、五郎蔵一家の守護神、天国の剣を持ち出させながら、白々しい! ……」
「他人の恋女をそそのかしゃア誘拐者《かどわかし》よ!」
「刀を持ち出させりゃ盗賊だ!」
 乾児たちは口々にまた喚きだした。
 頼母は(さてはそれでか)と思った。お浦と関係など附けたことはなく、附けようと思ったことさえなかったが、お浦の方では、そういう関係になるべく希望《のぞ》んでいたことは争われなかったし、天国の剣をお浦に持ち出してくるよう依頼《たの》んだのは、確かに自分なのであるから、乾児たちにそう云われてみれば、言下に反駁することは出来なかった。
 頼母は黙ってしまった。
 頼母が困《こう》じて黙っている様子を見てとった乾児たちは、
「そこで親分には手前をさがしだし、叩っ斬ろうとしているところなのよ」
「いいところへ来た」
「とっ捕《つか》まえろ」
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