の城へ出かけて行かれて、太閤のご機嫌を取られるらしい。その結果はどうなるか? お前の云った通りになる。伏見城で詰腹を切らせられるか、ないしは途中で殺されるだろう。……それが俺には残念なのだ、同じくその身を失うにしても、太閤ほどの人傑を、向こうへ廻して戦って、華々しくご最後を遂げさせたいのだ。……で、道は二つしかない。太閤を守備よく弑《しい》するか、そうでなかったら戦うかだ。で、お前に俺は頼む。もう一度伏見城へ忍んでくれ、太閤の寝首を掻いてくれ、やりそこなったら死んでくれ!」
「わかった」と云うと五右衛門は、縁からユラリと腰を上げた。
「末代までも名が残ろうよ。太閤の寝首を掻いたなら! よしんば失敗をしたところで……」
云いすてると石川五右衛門は、木立を廻って立ち去った。
その足音が消えた時に、木村常陸介も立ち上ったが、思案にくれながら歩き出した。
「どうともして我君秀次公を、危険きわまる伏見の城へ、参第せぬようお諌めしなければならない」
行手に築山が聳えている。
裾を巡って先へ進む。
と、泉水が堪えられていた。
廻って主殿《おもや》の方へ進んで行く。
「はてな」と呟いて佇んだのは、厳しい聚楽第の石垣の上から、武士姿の一つの人影が庭へ飛び下りたがためである。
「これは怪しい、何者であろう?」
常陸は首を傾げたが、
「伏見方の間者ではあるまいか?」
自分が五右衛門を刺客として、伏見城へやったおりからである。
伏見方の間者ではあるまいかと、ふと考えたのは当然といえよう。
「よしよし後をつけ[#「つけ」に傍点]てやろう」
で、足音を盗むようにして、常陸介は後をつけ[#「つけ」に傍点]た。
曲者は顔を包んでいる。どうやら年は若いらしい。心が急《せ》いてでもいると見えて、走るがように歩いて行く。主殿の方へ行くのである。
「ああこれは間者ではない。ましていわんや[#「いわんや」に傍点]刺客などではない。歩き方や態度で自ずとわかる。これは決して悪者ではない。とは云え聚楽第の武士ではない。おかしいなあ何者だろう」
心掛けの深い常陸介ではあったが、これ以上は知ることは出来なかった。
瞬間四人を討って取る
曲者は先へ進んで行く。常陸介はつけて行く。次第に主殿へ近づいて行く。
と、その主殿の方角から、四五人の武士が話しながら、あべこべ[#「あべこべ」に傍点]にこっちへ歩いて来た。
「不破氏、不破氏、小四郎殿、そう憤慨をなさらないがよろしい。何も主命でござるからな」
一人の声が、なだめるように云った。
「さようさよう何も主命で」
相槌を打つ声が直ぐにした。
「それにさ、あれくらいの女なら、この世間にはいくらでもござる。あの女はあのまま差し上げなされ。そうしてその代わりにご愛妾の一人を、頂戴なさるがよろしかろう」
「その方がいい、その方がいい」
また相槌を打つ声がした。
「たかが廻国にやって来て、京へ止まった田舎娘でござる。そのような女に未練をもたれて、殿下のご機嫌を取り損なったら、これほどつまらないことはない。おあきらめなされ、おあきらめなされ」
「さようさようおあきらめ[#「あきらめ」に傍点]なされ」
四人目の声も相槌を打つ。
が、そういう取りなしに答えて、怨みと憤りに充ちたような、狂気じみた声が聞こえてきた。
「いやいやせっかくのご忠告ではあるが、某《それがし》においてはあきらめられん。……あまりと云えば[#「云えば」は底本では「云へば」]横暴でござる! 某より殿下へお願いしたところ、よかろうよかろう好きな女があるなら、余が懇望だと申して連れて来い。その上で其方《そち》にくれてやろう。――で、某は使者という格で、北畠家へ押して行き、あのお紅《べに》を引き上げて来た。……と、どうだろう殿下においては、これは以外に美しい。側室《そばめ》の一人に加えよう。こう仰せられて手放そうとはされぬ。某を前に据えて置いて、お紅に無理強いに酌などさせる。寝所へ連れて行こうとされる。誰も彼も笑って眺めている。其のためにあつかおう[#「あつかおう」に傍点]とはしない! 無体なのは殿下のやり口だ! 庶民に対してはともかくも、臣下の某に対しての、やり口としては余りにひどい[#「ひどい」に傍点]! もはや某は聚楽《じゅらく》へは仕えぬ。ご奉公も今日限り。浪人をする浪人をする!」
不破小四郎を取り囲んで、朽木《くちき》三四郎、加島|欽哉《きんや》、山崎|内膳《ないぜん》、桃ノ井|紋哉《もんや》、四人の若|武士《ざむらい》が話しながら、こっちへ歩いて来るのであった。
ところで彼らの話によれば、気の毒なことにはお紅という娘は、北畠家から奪い取られて、今、聚楽第にいるらしい。では主殿《おもや》での夜遊の宴の、その中にも入っていることであろ
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