の文字を、どの程度にまで読まれましたかな?」
「淀という文字を目つけてござる」
「淀? ははア、それだけでござるか?」
「いやその他に荏原屋敷という文字も」
「ナニ荏原屋敷? 荏原屋敷? ……ふうん左様か、荏原屋敷――いや、これは忝《かたじけ》のうござった」
 云い云い浪人は懐中へ手を入れ、古びた帳面を取り出したが、さらに腰の方へ手を廻し、そこから矢立を引き抜いて、何やら帳面へ書き入れた。

   睨み合い

「さてお武家」と浪人は言った。
「その独楽を拙者にお譲り下されい」
「なりませぬな、お断りする」
 はじめて主税はハッキリと言った。
「貴殿のお話|承《うけたま》わらぬ以前《まえ》なら、お譲りしたかは知れませぬが、承わった現在においては、お譲りすることなりませぬ」
「ははあさては拙者の話によって……」
「さよう、興味を覚えてござる」
「興味ばかりではござるまい」
「さよう、価値をも知ってござる」
「独楽についての価値と興味とをな」
「さようさよう、その通りで」
「そうすると拙者の言動は、藪蛇になったというわけでござるかな」
「お気の毒さまながらその通りで」
「そこで貴殿にお訪《た
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