ると日本橋の方へ足を向けた。
橋上に佇んで見下せば、河の面てには靄立ち罩《こ》め、纜《もや》った船も未だ醒めず、動くものと云えば無数の鴎が飛び翔け巡る姿ばかりである。
「ああすがすがしい景色ではある」
いつか歯痛も納まって、一九の心は明るくなっていた。
「ゆくものは斯《かく》の如《ごと》し昼夜をわかたずと、支那の孔子様は云ったというが、全く水を見ていると心持が異《ちが》って来る。……今流れている橋の下の水は、品川の海へ注ぐのだが、その海の水は岸を洗い東海道をどこ迄も外国迄も続いている。おおマア何と素晴らしいんだろう」
いつもに似ない真面目な心持で、こんな事を考えている中、ふと旅情に誘われた。
「夏の東海道を歩いたら、まあどんなにいいだろうなあ」
彼はフラフラと歩き出した。足は品川へ向かって行く。
四辺《あたり》を見れば旅人の群が、朝靄の中をチラホラと、自分と前後して歩いて行く。駕籠で飛ばせる人もあり、品川宿の辺りからは道中馬も立つと見えて、竹に雀はの馬子唄に合わせ、チャリンチャリンと鈴の音が松の並木に木精《こだま》を起こし、いよいよ旅情をそそるのであった。
川崎、神奈川、程
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