こいつ湿らせちゃア大変だ」
「変な物だねえ、何なのさ?」
「いってみりゃア地雷火さ。普通にゃ落火《らっか》というが」
「地雷火? まア、気味の悪い……どうしてお前さんそんなものを?」
「お殿様から下げ渡されたのさ」
「お殿様って? どこのお殿様?」
「殿様に二人あるものか。俺等《おいら》のご主君は犬山の御前さ」
「それじゃア成瀬様《なるせさま》から。……でも、成瀬様がそんな恐ろしいものを……」
「いよいよの場合には火をかけろってね、俺等前もって言いつけられているのさ」
この時露路のあちこちで、犬が吠《ほ》え出しましてございます。私は竹筒を木箱の中へ納め、また地袋の中へ押し入れて、犬の吠え声に耳をかしげましたが、「あらかた話は済んだらしいな。それじゃア……」
「何がさ」
「隣の部屋に紅裏《もみうら》の布団が敷いてあるってことさ」
「ばからしい、……わたしゃア小母様が病気だから、ちょっと見舞いに行って来るといって、お暇をいただいて来たんだよ」
「ありもしない小母様に病気をさせて、情夫《おとこ》に逢いに来るなんて、隅に置けない歌舞伎者《かぶきもの》さ」
「その歌舞伎者で心配になったよ。行き倒れ者に自分を仕組んで、持田様へ抱《かか》え込まれ、ずるずるべったりに居ついてしまって、お嬢様をたらしたあの鶴吉、わたしの居ない間に、二番狂言でも仕組んで、わたしたちを出し抜きゃアしないかとねえ」
「それじゃアすぐに帰る気か」
「どうしよう」
「じらすのか。……それともじれているのか……」
「あれ、痛いよ」
見る眼に痛い絵模様となりましたので……。
七
相変らず菰をかむり、竹の杖をつき、面桶《めんつう》を抱《かか》えた、乞食のわたしが、庄内川の方へ辿って行きましたのは、それから五日後の夜のことでした。
化け物屋敷の前まで来ました。
一|町四方《ちょうしほう》もある、宏大なお屋敷は、樹木と土塀とで、厳重に囲《かこ》まれておりまして、外から見ますると、内部《なか》の建物《たてもの》は、家根さえ見えないほどなのでございます。
しばらくわたしは土塀について、お屋敷の周囲をまわりました。と、東側の小門《こもん》から小半町《こはんちょう》ほど距たった辺に、こんもりした林がありました。それをわたしは眺めやりましたが(あれ[#「あれ」に傍点]に任《ま》かせて置けば大丈夫さ)と
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