日本刀! たかが南米の蛮人ども、切って捨てるに訳はござらぬ」
日本武士の真骨頂、大敵前後に現われたと見るや、紋太夫は勇気いよいよ加わり、大刀の束《つか》に手を掛けながら前後を屹《きっ》と見廻したものである。
二十
ここで物語は一変する。
ここは地上の森である。
日光がキラキラと射し込んでいる。小鳥の啼き声、蜜蜂の唸り、小枝に当たる微風の囁《ささや》き、何んとも云えず快い。地上には草が青々と生え紅紫繚乱《こうしりょうらん》たる草花が虹のように咲いている。ジョージ・ホーキン氏と紋太夫とが、敵に襲われ敵を襲い、苦心している地下国と比べて、何んと気持ちよく美しいことぞ。
と、森の一所から、嗄《か》れて神々《こうごう》しい老人の声と、楽し気な無邪気な少年の声とで、神を讃美する土人歌を、さも熱心に合唱している清らかな歌声が聞こえて来た。
歌声はだんだん近寄って来る。と、一人の少年が、活溌に木の間から現われたが、他ならぬジョージ・ホーキン氏の子、美少年のジョンであった。
「小父さんおいでよ! 小父さんおいでよ」
流暢《りゅうちょう》な土人語でこう呼ぶと、
「ジョンよジョンよ、足が速いのう、二歳《ふたつ》になった牝鹿のようだ」
こう云い云い出て来たのは、酋長オンコッコを裏切ってまでジョンの危難を救ったところの、土人祭司バタチカンであった。
「あんまりピョンピョン刎《は》ね廻って、森の外へ出たが最後恐ろしい奴らに眼付《めっ》かるぞよ。さあさあここへ来るがいい。青草の上へ坐るがいい。面白い話を話してやろう」
ジョン少年は穏《おとな》しく、祭司バタチカンの側へ行き、坐って話を聞こうとした。
バタチカンとジョンとは親友《なかよし》である。ことに祭司バタチカンにとっては敵とも云うべきジョン少年が妙に可愛くてならないのであった。
で、バタチカンはジョン少年を、最初の危難から救って以来、一心不乱に土人の言葉をジョン少年に教えたものである。土人の言葉は簡単であり、ことにジョンは怜悧であったので、わずかの間に覚えてしまって、二人はかなり困難《むずかし》いことまで土人の言葉で話すことが出来た。
「ジョンよ、ジョンよ、さあお聞きよ。これは大事な話だからね。そうしてこれは私達のうちでも、代々祭司を務める者だけが、わずかに知っている話だからね。……昔々遠い昔に、一羽の烏《からす》があったとさ。その烏は一本足でね、形は変に醜《みにく》かったけれど、大変利口な鳥だったそうだよ。その烏がある日のこと土人に向かってこう云ったそうだよ――
『チブロン島には宝はない。実は宝は海の上にある。船に乗って従《つ》いておいで! 私がそこまで案内しよう。けれど随分危険だぞよ。歌を唄う人魚とか、揺れている大岩とかその他山ほど恐ろしいことがある。それを承知なら従いて来い。宝の側まで連れて行ってやろう』
ところが土人達は臆病で、従いて行こうとしなかったので、烏はとうとう愛想を尽かしてどこかへ飛んで行ってしまったとさ」
「それで烏はどこへ行ったの?」ジョン少年は訊くのであった。
「さあどこへ行ったものかね。それは私《わし》も知らないよ」
「二度と烏はやって来ないの?」
「さあそれも知らないよ」
「僕、烏に逢いたいなア」
「どうして烏に逢いたい?」
「僕、宝島へ行ってみたいよ」
「宝島へなら私《わし》も行きたい」
「烏! 烏!一本足の烏!」
ジョン少年は歌いながら、森の奥へ駈けて行った。
ちょうど同じ日の午後であったが、ジョン少年は森の奥で一羽の烏を発見した。残念なことにはその烏は一本足ではなかったけれど、しかし立派な大烏で、少年の空想を充たせるには、充分の値打ちを持っていた。
「烏、烏、大きな烏!」
ジョン少年は歌いながらそっと石を拾い取り、何気ない風を装《よそお》ったが、忽ちビューッと投げ付けた。彼の考えでは石を投げ付け、黒い逞《たくま》しい二本の足の一本を折ろうとしたのである。
狙った石は誤またず、一本の足へ当たったが、これが奇蹟とでも云うのであろうか、その足が折れて落ちて来た。
「あっ」
と驚いたジョン少年は思わず声を筒抜かせたが、それより一層驚いたのは足を折られた大烏で、バタバタと枝から離れると、さも倦怠《だる》そうに羽摶《はばた》きながら、森を潜って舞って行く。
「烏、烏、一本足の烏! 烏、烏、一本足の烏」
ジョンは夢中に叫びながら烏の後を追っかけた。
「ジョンよ、ジョンよ!」とバタチカンの声が、背後《うしろ》から心配そうに呼ばわったが、ジョン少年は返辞さえしない。
いつしか森も出外れた。
と、突然、海岸へ出た。潮が岸へ寄せている。一つの小さい入江があり、そこに一艘の丸木舟が、波に揺れながら漂っていた。そうして烏は海の上をゆっく
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