》め月が出て、原始林はすっかり夜となったが、どうしたのかジョンは帰って来ない。炊事の煙りが天幕《テント》から洩れ焚火《たきび》の明りが赤々と射し、森林の中は得も云われない神秘の光景を呈したが、ジョン少年の姿は見えない。
 と、先刻ジョンが出て来たその同じ天幕から、
「ジョンはどうした。見えないではないか」
 こういう声が聞こえたかと思うと、長身肥大の立派な紳士が、片手に銃を持ちながらつと[#「つと」に傍点]戸外へ現われた。
「ジョン! ジョン! ジョンはいないか!」
 呼びながら耳を澄ましたが、どこからも返辞は聞こえて来ない。
 この紳士こそ一隊の隊長ジョージ・ホーキン氏その人であったが、次第に不安に感じられると見え、いちいち天幕を訪ねながら、「ジョンはいないかね?」と尋ね廻った。
 ジョン少年失踪の評判が隊全体に拡がった時人達はいずれも仰天した。我も我もと天幕を出て隊長の周囲《まわり》へ集まった。
 そうして四組の捜索隊が忽ちのうちに出来上がった。松火《たいまつ》を振り龕燈《がんどう》を照らし東西南北四方に向かって四つの隊は発足した。
 愛児を失ったホーキン氏は自《みずから》一隊を引率し、海岸に添って南の方へ飛ぶようにして、下って行った。
 行けども行けども密林である。眼を覚まされた鳥や獣がさも怒りに堪えないようにけたたましい鳴き声を響かせ時々一行に飛び掛かって来た。サーッサーッサーッサーッと生い茂った雑草を分けながら隊の行く手を横切るものがあったが、云うまでもなく大蛇である。
 一時間あまりも走った時、一行は小広い空地へ出た。
 と、ホーキン氏は立ち止まった。
「しまった」
 と小声で叫びながら空地の一所へ走って行き体を曲げ手を伸ばし地上から何か拾い上げたが、松火の火ですかして見ると、
「やっぱりそうか! もう駄目だ」
 こう云って愁然と眼を垂れた。拾い上げたのは小さい帽子で、紛《まご》うべくもないジョンの物だ。
 帽子に着いている血の染《しみ》と、急拵えの石の竈《かまど》と、その傍《わき》に落ちていたセリ・インデヤ人の毒矢とを見れば、ジョン少年の運命は知れる。チブロン島の土人どもが、こっそりここへ上陸し、竈を作り焚火を焚き、遠征隊の動静を密《ひそ》かに窺っていたところへ、ジョン少年がやって来たのだ。そうして殺されて食われたのだ。
 ジョージ・ホーキン氏の悲しそうな様子は、部下の者達を皆泣かせた。獅子であろうと虎であろうとビクともしない大冒険家も、肉親の情には堪えられないと見え、顔も上げえず咽《むせ》んでいる。
 その時、遙か北の方から、大砲の音が聞こえて来た。
 一同は驚いて耳を澄ました。
 するとまた一発聞こえて来た。
 にわかにホーキン氏は奮い立った。
「ドームへ!」
 と一声号令を下すと、元来た方へ一散に、先頭に立って走り出した。
 ドームの露営地まで来て見ると、別に変わったこともない。天幕《テント》もそのまま立っている。捜索隊も帰って来ている。北へ向かった一隊だけがまだ帰っていなかった。
 ものの半時間も経った頃その一隊も帰って来た。
 そうして彼らは云うのであった。
「異形の軍船《いくさぶね》が五隻揃って湾を静かに上《のぼ》って行きました」と。
「大砲の音は?」
 とホーキン氏が訊いた。
「やはり異形のその軍船から打ち出したものでございます」
「どこへ向かって打ったのか?」
「島へ向かって打ちました」
「チブロン島へ向かってか?」
「はい、さようでございます」
「ふうむ」
 とホーキン氏は考え込んだ。解らないのが当然である。日本という東洋の国の紋太夫という海賊が船隊を率い大海を越え、こんな所へやって来ようとは、誰しも夢にも思い付くまい。
 さて、それにしてもジョン少年ははたして土人に喰われたであろうか?

        五

 チブロン島の海岸に近く、土人部落が立っていた。椰子や芭蕉や棗《なつめ》の木などにこんもりと囲まれた広庭は彼ら土人達の会議所であったが、今や酋長のオンコッコは、一段高い岩の上に立って滔々《とうとう》と雄弁を揮《ふる》っている。
「……俺達の国は神聖だ。俺達の国土は穢《けが》れていない。俺達の国土はかつて一度も外敵に襲われたことはない。……俺達の国は金持ちだ。黄金、真珠、輝瀝青《きれきせい》、それから小判大判が山のように隠されてある。俺達セリ・インデアンは、祝福されたる神の児《こ》だ。そうして俺達のこの国はその神様の花園だ。それだのに無礼にもこの俺達と、俺達の大事なこの国とを、征服しようとする者がある。それは色の白い毛の赤い欧羅巴《ヨーロッパ》人とか云う奴らだ。そうしてそいつらは海峡を隔《へだ》てた大陸の林に陣取っている。ちっとも恐れる必要はない。しかし決して油断は出来ない。鏃《やじり》を
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