《わたし》の不注意から。……あの人には罪はなかったのだ)
「痛い!」
 と松乃は思わず悲鳴をあげた。耳の痛みが烈しくなったからである。
 実父《ちち》の将左衛門から、久しく逢わないから逢いたい、婿殿ともども逢いに来るようにと伝言《ことづて》があった。そこで松乃は良人と一緒に里帰りの旅へ出たのであったが、昨夜、浅貝《あさかい》の旅宿《やどり》あたりから耳が痛み出し、次第に烈しくなって来た。今は堪えられないほどに痛むのであった。
(片耳を切られた権之介の怨み! それで妾の耳が!)
 こんなことも思われた。
(恐ろしい因縁の部屋で、痛む耳の手あてをするとは)
 ゾッとするような思いもした。
 そっと良人を見た。妻の過去の過失など知らないで、ただただ松乃を愛している内記は、気づかわしそうに妻の顔を見詰め、
「痛むか、困ったのう。この辺には医者はなし……」
 と云った。
 主屋の方でのけたたましい物音は、いよいよ烈しくなった。
 と、渡り廊下をこっちへ走って来る足音がした。
 内記は思わず刀を引きつけた。
 あわただしく襖をあけて走り込んで来たのは僕《しもべ》の三平であったが、
「大変でございま
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