(幕――)
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          第二場


領主の館の裏庭。同じ夜。
一面の罌粟《けし》畑、月光それを照らす。左方に領主の一子(公子)の住む高殿聳つ。その奥は断崖にして海に連なる。右方には音楽堂の姿背景《バック》にて現わる。Fなる魔法使いは領主の館に向かい竪琴を弾じつつ後《うし》ろ退《さが》りに罌粟畑を歩み出ず。一間ほどを距《へだ》てて女子、両手を前に差し出し足をつま立てて歩く、眠れるが如き様子)[#「様子)」はママ]
Fなる魔法使い 大理石の牢獄を遁《の》がれ出て、潮の国へ自由が歩む。潮の国には人魚がいる。(笑う)敗けた歌女《うたいて》が海の底でお前の来るのを待っている。(女子を見詰め)女よ! 溺れ行く、弱き者よ。執念の蛇の血は、心地よき流れとなりて、俺が弾ずる琴の糸からあふれ出て、お前の心へ忍び入る。心のかなめ[#「かなめ」に傍点]はかき乱され、肉は熱く戦慄《おののい》て……お前の顔は笑み崩れる。(大声)さあ女よ笑って見せろ! (女子声なく笑う)お前の笑《えみ》を得んがため、諸国の憐れな令人達は、大理石の館へ集った。そして今そこで眠っている。(笑う)笑は罌粟の畑をすぎて、青海原へ沈み行くのに、何も知らぬ領主の君。(間)さても白いお前の肌(と女をしげしげと眺め)ローマの朝の白露が野茨の花へ降ったようだ。鴻の鳥の胸毛のようだ。建国の第一の朝に、汚れを知らぬ谷の洞から、湧き上がった霧のようだ。(やや悲しげに)それが今や汚される。(罌粟畑を眺め)この広い血の海で、その白無垢が赤く染まる。(竪琴を眺め)どのように銀の調《しらべ》が、血と暗《やみ》とを喜ぶだろう――。女よ再び暗と血薔薇の呪詛を受けよ。(と短嬰ヘ調をかき鳴らす。琴と共に「暗と血薔薇」の歌を歌う)

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暗がわが身を取りかこむ、
裸身なれど恥らわじ。
……………………
抱く男のやわ肌を
燃ゆる瞳にさがさばや

罪が巣くいし血薔薇とて、
恋の生身を刺すとかや、
暗なれば血は見えずして。
……………………
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(この歌と共に、女子は弱々しく歩む。Fなる魔法使いはなお歌い弾く)

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一夜の情にほだされて、
大理石なる清き身を
罪に渡すも男ゆえ。
砒素の歌……………
真珠に盛りし鴉片《あへん》さえ
女子の恋はうつせまじ。
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