…(泣きながら)ええ、ええ、情けないお姉様だこと! 私がこんなに頼んでいるのに、いつまでも黙っている。……それともお姉様、水門から出て来られないの? そんなことはないでしょう。そんなことはない、そんなことはない! 力まかせに押し破って、お姉様は大人だもの、力まかせに押し破って……そしたら出て来られますよ。早く出て来て下さいよう。……そして私を昔のように抱いて接吻して下さいよう。え、え、お姉様!(耳を澄ます、沈黙《サイレンス》)ええ、ええ、何んてお姉様は!
あれあれどうしたんでしょう私の体がだんだん冷たくなって来ます。お室の冷たいのが身にしみて参ります。……いま少し此処に一人でいれば、このお室の底へ引きこまれるように思われます……お室の冷たい風や青い光に。……ほんに私はもうこのお室で……お姉様ってばよう。
ええ、ええ、私も一層のことお姉様と一緒に、その塔へ行ってしまいたい! 塔へ塔へ! (と格子を破り出でんとあせれど格子は破れず)ええ、ええ、この格子が! ああ私は塔へも行けないの、お姉様よう。……(と格子より手を離せばヨハナーンの小さき体は床上に落つ。すき通るが如き声にて烈しく泣く、その声次第次第に細り行き、遂に断ち切りしが如くに止む。――屍の如き体を天井の青き光と窓外の月とほのかに照らす。――冷酷なる沈黙!)



底本:「伝奇ノ匣1 国枝史郎ベスト・セレクション」学研M文庫、学習研究社
   2001(平成13)年11月16日初版発行
初出:「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店
   1910(明治43)年10月
入力:川山隆
校正:門田裕志
2008年11月30日作成
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