―ああ歓楽の楽堂が、一瞬にして悲哀に埋もれ、あたたかなりし人の息が、冷えたる血汐に変えられて、高殿の青き灯《ひ》と、広間に嘆く鉦の音が恋の末路を見せている。(突然)領主の妻と領主の子と、同じ運命の呪詛の的《まと》! (女子を見て)そして女子よ、お前は俺の所有《もの》となった、(命令的に)女子よ俺の胸に来い! (女子、Fなる魔法使いの胸にすがる。弔いの鉦の音益々悲哀を含んで鳴り渡り、それと共に、小供等の歌う挽歌聞こゆ)
女子 (うっとりとなりて鉦の音に耳を澄ます)あの鉦の音は?
Fなる魔法使い 恋を葬《ほうむ》る鉦の音。
女子 あの小供等の歌う歌は?
Fなる魔法使い 悲しみ嘆く葬《とむらい》の歌!
女子 死んだは誰れなの?
Fなる魔法使い か弱き母に似た不幸の公子!
女子 それは誰れなの?
Fなる魔法使い 深山鈴蘭をお前にくれた一人の男!
女子 (すすり泣き)ああ若様か。(されどFなる魔法使いの胸より離れず)
Fなる魔法使い (女と共に窓に行き)空には月が涙ぐみて彳《たたず》み、海には屍の船が浮き、風は光の陰に隠れ、人は幽《かすか》に挽歌を歌い。聞け! 小船を漕ぐなる艫《ろ》の音が、沈み沈んで海底の、人魚の洞へくぐり行く。海底には人魚の母が、桜貝と藻の花を、据え物として待っている。公子の来るのを待っている。(突然)俺は云う! 公子は俺が殺したのだ!
女子 誰れが若様を殺したの?
Fなる魔法使い (明瞭に)公子は俺が殺したのだ!
女子 誰れが殺したの?
Fなる魔法使い Fなる魔法使いが殺したのだ!
女子 その魔法使いは何処にいて?
Fなる魔法使い お前の体を抱いている。
女子 ええ。ええ。(とFなる魔法使いより離れて、Fなる魔法使いを睨《にら》む)悪魔! 悪魔!
Fなる魔法使い (冷然と)女!
女子 悪魔! 悪魔! 若様を殺したお前は悪魔!
Fなる魔法使い (銀の竪琴を見せ)女よ! これを見ろ!
女子 銀の竪琴!
Fなる魔法使い (紫の袍を示し)女よこれを見ろ!
女子 紫の袍!
Fなる魔法使い (桂の冠を指し示し)紫の袍を着て、銀の竪琴を持ち、桂の冠をかむった俺は、お前を奪う唯一人の男だ!
女子 (声を震わせ、しかもなつかしげに)Fなる魔法使い!
Fなる魔法使い (笑い)北の浜辺で紅の薔薇の花を、お前にくれたFなる魔法使いは俺だ! さあまた北の浜辺へ行こう、罪の深い歓楽
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