ると奴さんすっかり悦びやがって僕を引っぱり出してね、ぐでんぐでんに酔っぱらわせてあのノイエ・シュタットに連れ込んだんですよ。ところが、それがね、メロンのように頬の黄色い女でしたよ……」
 それからこのメロンのようにという言葉がとても肉感的に思われて自分ながらすっかり気に入ったらしく、もう一度繰り返して強調した。
「メロンのようにね」
 さすがの女流詩人も彼が臆面もなく行って来たというその意味がやっと分ったとみえわれ知らず顔を火照《ほて》らしたが、それでも自分の気づまりな様子をみせては安っぽく見られるに違いないと思い返して、いかにもそれはもうとっくによく知っているけれどといった調子でこう応じたのだ。
「よかったんですわね、……素敵ね。それでも玄さんをお寺へ入れるというお方が、よくまあそんな所へ連れて行きましたのね」
「だからですよ」と小説家は顔の筋肉をひきつらせて慌てたように叫んだ。「それだから官僚たちの気はどうも分らんというのですよ。一種の気紛れなんですね。要するに大村君は僕という人間がまだ分っていないんです。つまり尋常でない芸術家が分らんのです」
「そうね」女流詩人は愁然として肯いてみせ、それから不意におほほほと笑い出した。
「いや笑うことではないのです。ランボウやボードレールが一般の俗人達にどんなに非難されたかを少しでも憶い出してごらんなさい」玄竜はいよいよ雄弁になって手を振り上げた。「朝鮮の芸術家、それは何という不幸な存在でしよう。自然は荒廃し民衆は無知であり、インテリは又芸術の高貴さを知らない。僕はここでゴーゴリがペテルブルグの画家を慨《なげ》いたことを思い出します。凡てが鈍重で悦びもなく又誰一人にも朝鮮の芸術家は大事にされないのです。捨てられた芥《あくた》の中でもがき合っているだけなんだ。僕もつまり芥の中に掃き出された一人の犠牲者なんですよ。成程僕は誰よりも大村君とは親しいしどんなことでも相談し合って来た。だが、今になっては彼はこの僕に向ってお寺へ行って坐禅をくめと云うのです。彼のそう云う気持は分るけれど、それは芸術家には自殺を意味しますよ。坊主になるなんて。だがまあ宜しいと僕は思う所あって云ったのです。ボードレールも詩の言葉で、おー静謐《せいひつ》よ静謐よと憬れました」
 けれどそう結びつつ口元に笑いを浮べた彼の顔は、妙に痙攣を起したようにふるえた。

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