さ》で言葉につまった。
「まあ落着いて坐ろうじゃありませんか」
「どうしてか、私はそれが訊きたいのです。私は先生の眼や顴骨《かんこつ》や鼻立から、きっと朝鮮人であるのに違いないと思いました。だがあなたはそんな素振り一つしなかったようです。私は自動車の助手をしています。寧ろ私のような職場の人々に苗字のことでいろいろ気拙《きまず》いことが多い筈です。だが」彼は波打つ激情の余り吃《ども》り出した。どうして彼はこんなにまで興奮しているのであろうか。「だが私はそんな必要を認めないのです。私はひがみたくもなければ、又卑屈な真似もしたくないのです」
「全くです」私はかすかに呻《うめ》くように云った。「私も君の云うことと同感です。だが私としては子供達と愉快にやってゆきたかっただけのことです」廊下では相も変らず先の子供たちが騒ぎ合いながら、時々戸を開けては洟《はな》たれ顔で覗いたり、目をつぶって舌を出してみせたりした。「例《たと》えば私が朝鮮の人だとすれば、ああいう子供たちの私に対する気持の中には、愛情というものの外に悪い意味での好奇心といっていいか、とにかく一種別なものが先に立って来ると思うのです。それは先生として先ず淋しいことです。いや寧ろ怖ろしいことに違いない。だからと云って私は自分が朝鮮人だということを隠そうとするのではない。ただ皆さんがそういう風に私を呼んでくれた。又私もそうことさらに自分は朝鮮人だとしゃべり廻る必要も認めなかっただけなんです。だが君にそういう印象を少しでも与えたならば、私は何とも弁解のしようもないのです……」
 と云った時、戸を開けて覗き込んでいた子供の中、突然大きな声で喚いたものがある。
「そうれ、先生は朝鮮人だぞう!」
 山田春雄だった。瞬間廊下はしんとなった。私も一寸ばかり面喰わずにはいられなかった。そこで努めて気を落着けるようにしてこう云った。
「いずれ又会ってゆっくり話しましょう」
 李はわなわな手をふるわせながら出て行った。山田をはじめ二三の子供たちが逃げ出すようだった。私は呆然と立ち尽していた。一瞬間電光のように俺こそ偽善者ではないかという考えが閃《ひらめ》いたのである。階下の方ではがんがんと鐘の音が聞えていた。子供たちは騒ぎたてながら雲のように下りて行く、その音が恰《あたか》も遠い所からのように響いて来た。すると戸がそっと開いて忍び足でやっ
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