うとでも云うみたいに、胡麻塩《ごましお》の蓬髪《ほうはつ》をくさくさ掻き立てたのだ。
――秋の学期が始まり、佐賀に再び帰ってから間もないことである。郷里の母の手紙は、苛性|曹達《ソーダ》を嚥《の》んだ彼の死を告げてきた。あの莫大な夢想と陶酔と自尊心の荷が、とうとう始末に逐えなくなったのかと、私は異様なショックに打たれたのだ。然し今日、寮裏でひょっこり例の「皆喰爺」を見つけると、この爺はあの偉大な口と胃腸の名誉にかけても、最早自殺等は出来まいと、不図《ふと》私は思ったことである。爺はその固く喰いしばった口の中で、どんな言葉を反芻《はんすう》しているのだろう、諸君も知っているのだ。炊事場の掃溜場から、叺《かます》を吊した例の棒を肩に掛けて腰を上げると、籾、羽二重、村長を呟くかわりに、爺は斯《こ》う怒った様に喚くのである。
「ちゅっ、おいが荷物はこぎゃんとばかしこ」
底本:「光の中に 金史良作品集」講談社文芸文庫、講談社
1999(平成11)年4月10日第1刷発行
底本の親本:「金史良全集 1[#「1」はローマ数字、1−13−21]」河出書房新社
1973(昭和48)年2月28日
※初出:「佐賀高等学校文科乙類卒業記念誌」
1936(昭和11)年2月
入力:大野晋
校正:大野裕
2001年1月1日公開
2005年12月16日修正
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