とあきらめて行末定めぬ旅に立たばや
やうやうに杖つきえなば旅に立ち山をも見なむ海をも見なむ
金もうせ力もうせし今となり旅に遊ばむこころ湧き出づ
[#地から1字上げ]五月十九日
行く春をひねもすふしどにうちふして千里風月の旅をし夢む[#地から1字上げ]五月二十一日
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生死は自然に任せむ
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余一時衰弱日に加はり、この勢にて進まば最早や再起難かるべきかと思ひし時期あり。当時ひそかに思へらく、再起到底望みなき身なれば、食糧の欠乏極度に達せる今日、食ふこと一日多ければ人の糧を減ずることまた一日、しかも彼我共に利する所なし、如かず意を決して自ら断食せんには、希くば一日妻子を招いて留別送別の食事を共にし、その際今生の思ひ出に汁粉なりとも存分に食ひ、それを機会に死を迎ふる用意を為さんと。かく思ひまどひつつ、未だ決するに至らざるうち、遂に此の小詩を作るに至る
[#ここで字下げ終わり]
年五十九
老衰のため山を下り
年六十九
衰弱愈※[#二の字点、1−2−22]加はりて
木村元右衛門が家の裏庭の小舎に
移り住みし後の良寛上人も
生死はただ自然に任せたまひけむ
遂に七十三まで
生き延びたまひし由を知り
ひそかに心を安んじぬ
今年われ六十八
老衰頓に加はりて
早くも事に耐へず
人を煩はすのみの身となりぬれど
さもあらばあれ
希くはわれもまた上人にならひ
生死を自然に任せつつ
超ゆべくんば古稀の阪をし越えむ
[#地から1字上げ]五月二十一日清書
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去年秋金子君を通じて依頼せし半截物の表装中※[#二の字点、1−2−22]出来ず、年内にと云ひてうそになり、四月末までには是非にと云ひて、それもうそになる。恐らく代価を出し惜みする為めならむと思ひ、その由を金子氏まで申出でしが、あとにて余り我儘を云ひたりと気付き、いたく後悔す。乃ち歌二首を送る
[#ここで字下げ終わり]
くさぐさの我儘申し恥しや垂死老病の身と許したべ
あなあらばあなに入らばやさまざまのあやまち犯す身をし恥ぢ入る[#地から1字上げ]五月二十二日
[#ここから4字下げ]
病床雑詠
[#ここで字下げ終わり]
かこつまじ国の行末もあす知れず老いらくの身のいかに成るとも
たかどのに錦のしとね重ねつつ行末憂ふる人もあるらむ
ひねもすを半ばいねつつすぐる身は夢見ることぞくらし
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