はままよとあきらめにけり[#地から1字上げ]九月四日
近からば君がりゆきて茄子トマト腹に満つまで食べなむものを
近からばかた手にあまる大きなるトマト携へ訪ひ来んものを(以上二首小林輝次君の葉書を見て)
今やまたひなた恋ほしくなりにけりひなたに出でて蟻を見てをり
今日はまた力め[#「め」に「〔ぬ〕」の注記]けぬる如くにて為すこともなく枕してをり
余りにもからだだるくて腹が立ち思はず荒き声立てにけり[#地から1字上げ]九月七日
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平和来たる(その二)
[#ここで字下げ終わり]
何も彼もやがては遂に焼けなむと諦めゐたる物みな残る
爆弾にもろ手失ひわかものの生き残れるは見るもかなしき
怪我もせず物も焼かれず生きのびて今日の日に遇ふ夢のごとくなり
満洲は支那にかへれりやがてまた大連立ちて吾子も帰らむ[#地から1字上げ]九月四日
思ひきや戦やめるけふの日に生きえて我の尚ほ在らむとは
思ひきやげに思ひきや一兵も残さぬ国にわれ生きむとは
忽ちに風に木の葉の散る如く軍部の猛者のしぼみゆくかな[#地から1字上げ]九月五日
何事も一朝にして顛倒し鬼は仏に非は善となる
生き給ふ甲斐こそあれや主義に生く八十八の咢堂先生(但し先生の言ふ所に一々賛成なるにはあらず)
五年をひそみゐたりし人たちの頭もたげて名の聞えくる
[#地から1字上げ]九月六日
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雑詠
[#ここで字下げ終わり]
蚊帳つるも力乏しくものうくて蚊にさされつつ寝ねがてにしてをり
つぎつぎに歯は落ちくれど医者にさへ通ふ力もなくなりてをり
よくもまた痩せけるものか骨と皮九貫にも足らぬ身となりにけり[#地から1字上げ]九月六日
願はくは死ぬる夕を庵にて花にかこまれ香たきてあらむ
願はくは花にかこまれ小さなる庵に臥して世と分かれなむ
小さなるいほりに住みて大きなる饅頭ほほばり花見てあらな[#地から1字上げ]九月七日
われ死なば花を供へよ大きなる饅頭盆に盛りて供えよ
階段は山を攀づがに苦しかり今ひとへやの階下に欲しき
何よりも今食べたしと思ふもの饅頭いが餅アンパンお萩
死ぬる日と饅頭らくに買へる日と二ついづれか先きに来るらむ
雨ふれば雨もり月照れば月もる此のあばらやも壕にはまさるか
急変を好めるさがのわがためにうれしきかぎり世は急変す[#地から1字上げ]九月八日
さほどまで肉もさかなも思はねど饅
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