表された時には、それはロンドン市だけのことで、他の都会になるとよほど事情が違うだろうという説がもっぱら行なわれていたのである。ところがローンツリー氏がさらに物静かないなか町のヨークで調査を遂げてみたところが、前に述べたごとく、ロンドンにおける調査の結果とほとんど同じ事実が出て来たのである。
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* Charles Booth, Life and Labour of the People in London. First series : Poverty. 1902 (1st ed. 1891) vol. 2, pp. 20, 21.
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 同じような事が続くのでおもしろくないが、話を正確にするために今一つ最近に行なわれた調査のことを簡単に述べておくが、これは一九一二年の秋から翌一九一三年の秋にかけて行なわれた調査で、その結果は統計学者のボウレイという人とバーネット・ハーストという人との共著になって昨年(一九一五年)公にされたものである。これは先に述べたローンツリー氏のそれのごとく調査の範囲を一都市に限らずして、なるべく事情を異にせる都市をば四個所だけ選び、それについて調査を行なったのであるが、場所によるとローンツリー氏の調査の結果よりもいっそうひどい成績が出た所もあるのである。すなわちローンツリー氏の調査の時は、第一級の貧乏人に属する者は全市人口の一割弱であったのが、今度の調査によると、レディング(スコットランドの中央東部に位する人口約八万七千の都市)では全市人口の五分の一(すなわち二割)、ウォリントン(イングランドの北西でウェールズに近き所の海岸に位する人口約七万二千の都市)では全市人口の八分の一が第一級の貧乏人であって、これらはいずれもヨーク市よりひどいのである。しかしノルザンプトン(イングランドの中部でロンドンの北西に位する人口約九万の都市)ではその割合十二分の一、スタンレー(ロンドンの西に位せる人口約二万三千の小都市)では十七分の一に過ぎなかったので、これらはヨーク市よりも良好の状態にあるわけである*。
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* Bowley and Burnett−Hurst, Livelihood and Poverty, 1915. pp. 34−−38.
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 かくのごとく都市の経済事情いかんによってその割合は必ずしも一様でないけれども、ともかく以上述べたる二三の例によって見る時は、世界最富国の一たる大英国にも、肉体の健康を維持するだけの所得さえもち得ぬ貧乏人が、実に少なからずおることがわかる。
 なお以上述べしところは、ブース氏の調査を始めとし、すべて第二の意味の貧乏人(すなわち慈善工場その他救貧制度の恩恵の下に生活しつつある被救恤者《ひきゅうじゅつしゃ》)は皆除外してあって、それは少しも計算に入れてないのである。してみると、いかに貧乏人が英国にたくさんいるかということがますますよくわかる。げに英国は世界一の富国というけれども、その英国には貧乏人がかくのごとくたくさんいるのである。[#地から1字上げ](九月十六日)

       二の二

 今日の英国にいかに多くの貧乏人がいるかという事は、私のすでに前回に述べたところである。今かくのごとき多数の貧乏人の生ずる根本原因はしばらくおき、かりにその表面の直接原因を調べてみるに、たとえば先に述べたヨーク市の研究によれば、第一級の貧乏人の原因別(百分比)は次のごとくである。(ローンツリー『貧乏』縮刷版、一五四ページ*)
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主たるかせぎ人は毎日規則正しく働いていながら
ただその賃銭が少ないため………………………………………………五一・九六%[#「%」は底本では「・」の右横に付く]
家族数の多いがため(四人以上の子供を有する者)…………………二二・一六
主たるかせぎ人の死亡のため……………………………………………一五・六三
主たるかせぎ人の疾病又は老衰のため……………………………………五・一一
主たるかせぎ人の就業の不規則のため……………………………………二・八三
主たるかせぎ人の無職のため………………………………………………二・三一
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* Rowntree, Poverty (Cheap edition), p. 154.
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[#貧乏人の原因別の図表(fig18353_02.png)入る]
 ことわざにかせぐに追い付く貧乏なしというが、右の表によって見れば、毎日規則正しく働いていながらただ賃銭が少ないために貧乏線以下に落ちている者が、全体の半ば以上すな
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