恐ろしからむ食《く》ひ物のけふこの頃のこのともしさは
朝夕に甘きものほりすめしうどと同じきさまに人みな〔な〕れり
三大節に紅白のあんもちたまはりし牢屋《らうや》ぞむしろ今はよろしも
をすもののある国ならばいづことも移りゆかまく欲《ほ》りす日もあり[#地から1字上げ]十二月六日

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雑詠
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木箱よりひとつひとつとりいだし塵ふきて並《な》ぶ赤き柿の実(原氏より信州の柿一箱送り来たる)[#地から1字上げ]十一月十日
頭かきふみよみをれば紙のへに落ちくる髪の半ばは白き
さむき日をひねもすくりやにおりたちてわれに飯《いひ》はますわれの老《お》い妻《づま》[#地から1字上げ]十一月十八日
四坪にも足らはぬ宿のさ庭にも小鳥来りて何かついばむ
[#地から1字上げ]十一月二十七日
天井をときじくさわぐ鼠ありて何食らひてか生くと思はしむ[#地から1字上げ]十一月二十八日
老妻《おいづま》の買物に出でし小半日しぐれの雲よしばしこごるな
六十路《むそぢ》超え声色の慾枯れたれば食《を》し物のこと朝夕に思《も》ふ
自由日記老い果てし身の暇《ひま》多くことし初めて余白なくなりぬ
日を呑みて色はえにける西山に天津乙女の玉の肌見つ
日は沈み山紫に空赤く大路《おほぢ》小路《こうぢ》に灯火《ともし》見えそむ
[#地から1字上げ]十二月十日
こたつにていねつつ足を折り立てて亡き父の癖ふと思ひ出づ
うつくしと見上げしもみぢ落ちつくし乾き果てつつ吹き寄されをり[#地から1字上げ]十二月十一日
はばひろにふみならしくる軍服におそれをなして道をさけにき
人気なき阪を登れば御陵あり一人の守衛ひねもす守る(花園天皇の十楽院上陵に詣づ)
砂利しける十楽院上陵の阪道の杉の木立に鶫《つぐみ》むれとぶ
書き了へて憐むべくもおもほへり見る人もなき思ひ出のかずかず(「思ひ出」第二輯を清書し了りて)
版に刷るよすがもなくてはかなくも書きのこしおくわれの思ひ出
戦勝を神にいのらすすめらぎの忍びのみゆきけふありしとぞ
火用心火用心の声聞こゆ厠に起きし霙《みぞれ》ふる夜半
[#地から1字上げ]十二月十二日
老松のすがるる見ればかなしかり亡きおほははのすがたしぬびて[#地から1字上げ]十二月十三日

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山口の相沢君より重ねて餅を送られしを喜びて
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亡き友の病みこやりても得ざりしをすくやかにして食《を》すこの餅《もちひ》はも(氷谷博士既に重態に陥られ食慾なかりし折、餅を欲せられしも、この時勢とて入手し得られざりしことを思ひ起して)[#地から1字上げ]十月三十一日
をさな子ら食《は》ますべきものわれにさき送りたまひしこのもちひはも
わがとものこころこもりしもちひなりあなありがたとをがみてたうぶ
届きける木箱あくればもちひ出で蜜柑も出でつ芋もまた出づ[#地から1字上げ]十二月十四日

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間もなく米寿を迎へらるべき伯父上を須磨に見舞ふ、往復途上口占
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竹藪をそがひにしたる家ののき干せる大根陽あたりよきも(電車中近望)
陽あたりの好き家見ればなにとなく羨みて見る老に入りぬる
老い去りて尿近くなり電車にて途中下車を余儀なくされぬ(尿意耐へがたく灘に下車す)
手紙には衰へたりとのらす伯父けふ相見れば矍鑠《くわくしやく》として
八十七にならせたまへる伯父訪へばひとりかたりて人の言《こと》聞かさぬ
ふるきこと頻りに語り今の世は知らさぬがごとわが老いし伯父
何度《なんど》でもけふは何日《なんち》ときくまでにわれ呆《ほ》けたりと伯父ののらする
ただ二つけさ来たばかりとのらしつつ出してたうべし羊羹のつつみ
天つ日はひかりかがやき海の面《も》は行きかふ船のこなたかなたに(須磨浦所見――船なしといへど未だ船影なきまでには至らず)
ゆらゆらとこぎたみてゆく船見れば戦ひのある日ともおもほへず
ひさに見ぬ海辺に立てばふるさとの麻里布の浦の眼に浮かぶかも
入日さすいただきのみはほのあかく煙れるがごと暮るる群山《むらやま》(帰途所見)[#地から1字上げ]十二月十五日

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偉人レーニンを思ふこと頻なり
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たたかひにやぶることのみひたふるにねがひし人もむかしありけり
ふたたびは見る日なけむと決めてゐしレーニン集が今はこほしき[#地から1字上げ]十二月十六日

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末川君の南行を送りて
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おほぞらゆあらぶわだつみしたにみてみんなみのしまにとびてゆく君
みんなみにおもむく君をおくるにもこのたたかひのゆくへうれたき
たたかひはさもあらばあれゆかばまづうまざけくみてししたうべませ
うまざけをくむたかどのゆみはるかすひろらなる
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