さうおん》に阻《はゞ》まれて、子供の声などは一語も聞こえはしなかつた。外套のすそ[#「すそ」に傍点]か、箒《はうき》の柄か、それとも子供のかよわい手か、戸をしめる時弱い抵抗をしたのを、彼は見境もなく力まかせに押しつけて、把手《ハンドル》を廻し切つた。
 その時彼は満足を感じた、跳《をど》り上りたい程の満足をその短い瞬間に於て思ふ存分に感じた。而して始めて外界に対して耳が開けた。
 戸を隔てて子供の泣く声は憐れにも痛ましいものであつた。彼と妻とに嘗《な》めるやうにいつくしまれたこの子供は今まで真夜中にかゝるめ[#「め」に傍点]には一度も遇《あ》つた事がなかつたのだ。
 彼は何かに酔ひしれた男のやうに、衣紋《えもん》もしだらなく、ひよろ/\と跚《よろ》けながら寝室に帰つて、疲れ果てて自分の寝床に臥《ふ》し倒れた。そつと頭を動かして妻を見ると、次の子供の枕許《まくらもと》にしよんぼり[#「しよんぼり」に傍点]とあちら向きになつて、頭の毛を乱してうつ向いたまゝ坐つてゐた。
 それを見ると彼の怒りは又乱潮のやうに寄せ返した。
「あなたは子供の育て方を何んだと思つてるんだ」
 気息《いき》がはずん
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