如何に精巧に配置されたその絵具によつての構図も、到底自然が専有する色彩の美を摩して聳ゆることは出来ない。さう私達は信じさせられると思つてそれを信じた。而して実際にさう見え始めた。
*
然しながら、暫らく私達の持つ先入主観から離れ、私達の持つかすかな実感をたよりにして、私はかの青年の直覚について考へて見たい。
巧妙な花の画を見せられたものは大抵自然の花の如く美しいと嘆美する。同時に、新鮮な自然の花を見せられたものは、思はず画の花の如く美しいと嘆美するではないか。
前の場合に於て、人は画家から授けられた先入主観によつて物をいつてゐるのだ。それは確かだ。後の場合に於て、彼れは明らかに自己の所信とするところのものを裏切つてゐる。彼れは平常の所信と相反した意見を発表して、そこに聊かの怪訝をも感じてはゐないやうに見える。これは果して何によるのだらう。単に一時の思索的錯誤に過ぎないのか。
それともその言葉の後ろには、或る気付かれなかつた意味が隠されてゐるのか。
*
人間とは誇大する動物である。器具を使用する動物であるといふよりも、笑ふといふことを
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