…帰ろうとはしないのか」
 そう自分で自分をたしなめていた。それにもかかわらず彼は同じ方向に歩き続けていた。今ごろはあの子供の頭が大きな平手でぴしゃぴしゃはたき飛ばされているだろうと思うと、彼は知らず識《し》らず眼をつぶって歯を食いしばって苦い顔をした。人通りがあるかないかも気にとめなかった。噛《か》み合うように固く胸高に腕ぐみをして、上体をのめるほど前にかしげながら、泣かんばかりの気分になって、彼はあのみじめな子供からどんどん行く手も定めず遠ざかって行った。



底本:「カインの末裔」角川文庫、角川書店
   1969(昭和44)年10月30日改版発行
   1988(昭和63)年6月10日改版23版発行
初出:「現代小説選集」
   1920(大正9)年11月
入力:鈴木厚司
1999年2月13日公開
2005年11月19日修正
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