がら、そのまま引返《ひきかえ》すのはどうしてもいやでした。で、妹に帽子を脱《ぬ》がせて、それを砂の上に仰向《あおむ》けにおいて、衣物《きもの》やタオルをその中に丸めこむと私たち三人は手をつなぎ合せて水の中にはいってゆきました。
「ひきがしどいね」
とMがいいました。本当にその通りでした。ひきとは水が沖の方に退《ひ》いて行く時の力のことです。それがその日は大変強いように私たちは思ったのです。踝《くるぶし》くらいまでより水の来ない所に立っていても、その水が退いてゆく時にはまるで急な河の流れのようで、足の下の砂がどんどん掘れるものですから、うっかりしていると倒れそうになる位でした。その水の沖の方に動くのを見ていると眼《め》がふらふらしました。けれどもそれが私たちには面白くってならなかったのです。足の裏をくすむるように砂が掘れて足がどんどん深く埋《うず》まってゆくのがこの上なく面白かったのです。三人は手をつないだまま少しずつ深い方にはいってゆきました。沖の方を向いて立っていると、膝《ひざ》の所で足がくの字に曲りそうになります。陸の方を向いていると向脛《むこうずね》にあたる水が痛い位でした。両足を揃《そろ》えて真直《まっすぐ》に立ったままどっちにも倒れないのを勝《かち》にして見たり、片足で立ちっこをして見たりして、三人は面白がって人魚のように跳《は》ね廻《まわ》りました。
その中《うち》にMが膝位《ひざぐらい》の深さの所まで行って見ました。そうすると紆波《うねり》が来る度《たび》ごとにMは脊延《せの》びをしなければならないほどでした。それがまた面白そうなので私たちも段々|深味《ふかみ》に進んでゆきました。そして私たちはとうとう波のない時には腰位まで水につかるほどの深味に出てしまいました。そこまで行くと波が来たらただ立っていたままでは追付《おっつ》きません。どうしてもふわりと浮き上《あが》らなければ水を呑《の》ませられてしまうのです。
ふわりと浮上《うきあが》ると私たちは大変高い所に来たように思いました。波が行ってしまうので地面に足をつけると海岸の方を見ても海岸は見えずに波の脊中だけが見えるのでした。その中にその波がざぶんとくだけます。波打際《なみうちぎわ》が一|面《めん》に白くなって、いきなり砂山や妹の帽子などが手に取るように見えます。それがまたこの上なく面白かったので
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