に行き着くことが出来たとしても、その時お前は既に人間ではなくなって、一個の専門家即ち非情の機械になっているからだ。お前自身の面影は段々淡くなって、その淡くなったところが、聖人や英雄の襤褸布《ぼろきれ》で、つぎはぎになっているからだ。その醜い姿をお前はいつしか発見して後悔せねばならなくなる。後悔したお前はまたすごすごと私の所まで後戻りするより外に道がないのだ。
だからお前は私の全支配の下にいなければならない。お前は私に抱擁せられて歩いて行かなければならない。
個性に立ち帰れ。今までのお前の名誉と、功績と、誇りとの凡てを捨てて私に立ち帰れ。お前は生れるとから外界と接触し、外界の要求によって育て上げられて来た。外界は謂《い》わばお前の皮膚を包む皮膚のようになっている。お前の個性は分化拡張して、しかも稀薄《きはく》な内容になって、中心から外部へ散漫に流出してしまった。だからお前が、私を出し抜いて先き走りをするのも一面からいえば無理のないことだ。そしてお前は私に相談もせずに、愛のない時に、愛の籠《こも》ったような行いをしたり、憎しみを心の中に燃やしながら、寛大らしい振舞いをしたりしたろう。そ
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