わすに過ぎないということが強い語調で書かれているのを見た。私はその老学者に深い尊敬を払っているが故に、そして氏の生得の高貴な性格を知っているが故に、その言葉の空《むな》しい罵詈《ばり》でないのを感じて私自身の卑陋《ひろう》を悲しまねばならなかった。氏が凡ての虚偽と堕落とに飽満した基督旧教の中にありながら、根ざし深く潜在する尊い要素に自分のけだかさを化合させて、巌《いわお》のように堅く立つその態度は、私を驚かせ羨ませる。私は全くそれと反対なことをしていたようだ。私は自分が卑陋であるが故に、多くの卑陋なものを見てしまった。私はそれを悲しまねばならない。
 然し私は自分の卑陋から、周囲に卑陋なものを見出しておきながら、高貴な性格の人があるように、それを見ないでいることはさすがに出来なかった。卑陋なものを見出しながら、しらじらしく見ない振りをして、寛大にかまえていることは出来なかった。その程度までの偽善者になるには、私の強味が弱味より多過ぎたのかも知れない。そして私は、自分の偽善が私の属する団体を汚さんことを恐れて、そして団体の悪い方の分子が私の心を苦しめるのを厭《いと》って、その団体から逃げ
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