物をも択《えら》ばなかった。彼は智的生活の為めには、即ち地上の平安の為めには何事をも敢えてなさなかった。彼はその母や弟とは不和になった。多くの子をその父から反《そむ》かせた。ユダヤ国を攪乱《かくらん》するおそれによってその愛国者を怒らせた。では彼は何をしたか。彼はその無上愛によって三世にわたっての人類を自己の内に摂取してしまった。それだけが彼の已《や》むに已まれぬ事業だったのだ。彼が与えて与えてやまなかった事実は、彼が如何に個性の拡充に満足し、自己に与えることを喜びとしたかを証拠立てるものである。「汝《なんじ》自身の如く隣人を愛せよ」といったのは彼ではなかったか。彼は確かに自己を愛するその法悦をしみじみと知っていた最上一人ということが出来る。彼に若し、その愛によって衆生《しゅじょう》を摂取し尽したという意識がなかったなら、どうしてあの目前の生活の破壊にのみ囲まれて晏如《あんじょ》たることが出来よう。そして彼は「汝等もまた我にならえ」といっている。それはこの境界《きょうがい》が基督自身のものではなく、私達凡下の衆もまた同じ道を歩み得ることを、彼自身が証言してくれたのだ。
 やがて基督が肉
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