ら突然現世に帰った人のように、君の心はまだ夢ごこちで、芸術の世界と現実の世界との淡々しい境界線をたどっているのだ。そして君は歩きつづける。
 いつのまにか君は町に帰って例の調剤所の小さな部屋《へや》で、友だちのKと向き合っている。Kは君のスケッチ帳を興奮した目つきでかしこここ見返している。

 「寒かったろう」
とKが言う。君はまだほんとうに自分に帰り切らないような顔つきで、
 「うむ。‥‥寒くはなかった。‥‥その線の鈍っているのは寒かったからではないんだ」
と答える。
 「鈍っていはしない。君がすっかり何もかも忘れてしまって、駆けまわるように鉛筆をつかった様子がよく見えるよ。きょうのはみんな非常に僕の気に入ったよ。君も少しは満足したろう」
 「実際の山の形にくらべて見たまえ。‥‥僕は親父《おやじ》にも兄貴にもすまない」
と君は急いで言いわけをする。
 「なんで?」
 Kはけげんそうにスケッチ帳から目を上げて君の顔をしげしげと見守る。
 君の心の中には苦《にが》い灰汁《あくじる》のようなものがわき出て来るのだ。漁にこそ出ないが、ほんとうを言うと、漁夫の家には一日として安閑としていい日と
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