そのままにしておいてもらって、またかじりつくように原稿紙に向かった。大きな男の姿が部屋《へや》からのっそり[#「のっそり」に傍点]と消えて行くのを、視覚のはずれに感じて、都会から久しぶりで来て見ると、物でも人でも大きくゆったり[#「ゆったり」に傍点]しているのに今さらながら一種の圧迫をさえ感ずるのだった。
渋りがちな筆がいくらもはかどらないうちに、夕やみはどんどん夜の暗さに代わって、窓ガラスのむこうは雪と闇《やみ》とのぼんやりした明暗《キャロスキュロ》になってしまった。自然は何かに気を障《さ》えだしたように、夜とともに荒れ始めていた。底力のこもった鈍い空気が、音もなく重苦しく家の外壁に肩をあてがってうん[#「うん」に傍点]ともたれかかるのが、畳の上にすわっていてもなんとなく感じられた。自然が粉雪をあおりたてて、所きらわずたたきつけながら、のたうち回ってうめき叫ぶその物すごい気配《けはい》はもう迫っていた。私は窓ガラスに白もめんのカーテンを引いた。自然の暴威をせき止めるために人間が苦心して創《つく》り上げたこのみじめ[#「みじめ」に傍点]な家屋という領土がもろく小さく私の周囲にながめや
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