なった舷《ふなべり》から二本突き出して、動かないように結びつける。船の顛覆《てんぷく》を少しなりとも防ごうためだ。君の兄上は帆綱を握って、舵座《かじざ》にいる父上の合図どおりに帆の上げ下げを誤るまいと一心になっている。そしてその間にもしっきり[#「しっきり」に傍点]なしに打ち込む浸水《あか》を急がしく汲《く》んでは舷から捨てている。命がけに呼びかわす互い互いの声は妙に上《うわ》ずって、風に半分がた消されながら、それでも五人の耳には物すごくも心強くも響いて来る。
「おも舵っ」
「右にかわすだってえば」
「右だ‥‥右だぞっ」
「帆綱をしめろやっ」
「友船は見えねえかよう、いたらくっつけ[#「くっつけ」に傍点]」やーい
どう吹こうとためらっていたような疾風がやがてしっかり[#「しっかり」に傍点]方向を定めると、これまでただあて[#「あて」に傍点]もなく立ち騒いでいたらしく見える三角波は、だんだんと丘陵のような紆濤《うねり》に変わって行った。言葉どおりに水平に吹雪《ふぶ》く雪の中を、後ろのほうから、見上げるような大きな水の堆積《たいせき》が、想像も及ばない早さでひた押しに押して来る。
「来たぞーっ」
緊張し切った五人の心はまたさらに恐ろしい緊張を加えた。まぶしいほど早かった船足が急によどんで、後ろに吸い寄せられて、艫《とも》が薄気味悪く持ち上がって、船中に置かれた品物ががらがらと音をたてて前にのめり、人々も何かに取りついて腰のすわりを定めなおさなければならなくなった瞬間に、船はひとあおりあおって、物すごい不動から、奈落《ならく》の底までもとすさまじい勢いで波の背をすべり下った。同時に耳に余る大きな音を立てて、紆濤《うねり》は屏風倒《びょうぶだお》しに倒れかえる。わきかえるような泡《あわ》の混乱の中に船をもまれながら行く手を見ると、いったんこわれた波はすぐまた物すごい丘陵に立ちかえって、目の前の空を高くしきりながら、見る見る悪夢のように遠ざかって行く。
ほっ[#「ほっ」に傍点]と安堵《あんど》の息をつく隙《すき》も与えず、後ろを見ればまた紆濤《うねり》だ。水の山だ。その時、
「あぶねえ」
「ぽきりっ[#「ぽきりっ」に傍点]」
というけたたましい声を同時に君は聞いた。そして同時に野獣の敏感さをもって身構えしながら後ろを振り向いた。根もとから折れて横倒しに倒
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