ない、明後日の晩には皆なを送ってやるから、今日はめいめいで帰ってくれ、な。おい、いかんよ、そんなにからまりついちゃ」
そんなことを言って柿江はとうとう子供たちから離れて夜道を西へ向いて急いだ。
創成川を渡ると町の姿が変ってきゅうに小さな都会の町らしくなっていた。夜寒ではあるけれども、町並の店には灯が輝いて人の往来も相当にあった。
ふと柿江の眼の前には大黒座の絵看板があった。薄野《すすきの》遊廓の一隅に来てしまったことを柿江は覚《さと》った。そこには一丈もありそうな棒矢来《ぼうやらい》の塀と、昔風に黒渋《くろしぶ》で塗《ぬ》られた火の見|櫓《やぐら》があった。柿江はまた思わず自分の顔が火照《ほて》るのを痛々しく感じた。
ガンベだった、その奇怪な世界の中に柿江を誘っていったのは。おそらく彼は何んの意味もない酔興から柿江をそこに連れていったのだろう。しかし柿江にとっては、この上もない迷惑なことであって、この上もない蠱惑的《こわくてき》な冒険だった。「俺はいやだよ、よせよ」と自分にからみついてくるガンベの鉄のような力強い腕を払い退けながら、柿江の足は我にもなくガンベの歩く方に跟《つ》い
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