婆やはありがたいほど嬉しくなって、西山さんの手を握って何んにもいわずにお辞儀をした。
「もういいから」
 西山さんは手を振りきってどんどん列車の方に行く。婆やはそのすぐあとから楽々と跟《つ》いていくことができた。
 人見さんが列車の窓から、
「おいここだ、ここだ」
 といって西山さんを招いていた。
「危《あぶ》ないよ婆さん」
 知らない学生が婆やを引きとめた。婆やは客車の昇降口のすぐそばまで来てまごついていたのだ。そこから人見さんが急いで降りてきた。
 見ると人見さんの顔を出していた窓の所には西山さんの顔があった。がやがや[#「がやがや」に傍点]いい罵《ののし》る人ごみの中を駅員があっちでもこっちでも手を上げたり下げたりしたかと思うと、婆やは飛び上らんばかりにたまげさせられた。汽笛がすぐ側で鳴りはためいたのだ。婆やは肥《ふと》った身体をもみまくられた。手の甲をはげしく擦《こす》る釘のようなものを感じた。「あ痛いまあ」といって片手で痛みを押えながらも、延《の》び上って西山さんを見ようとした。と押しあいへしあいされながら婆やの体はすうっ[#「すうっ」に傍点]と横の方に動いていった。それはし
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