なもし、若い衆の不思議というたら、家《うち》を出るさいには、私の頬げたをこう敲《たた》いてな、あなた『婆やきつい世話』……ではのうて『婆やいろいろに世話をかけてありがとう。達者でいてくれや、東京に行ったら甘いものを送るぞよ』……」
婆やは西山さんの口調を真似《まね》ようとしたら、涙で物がいえなくなってしまった。ところが次のことを考えると腹が立ってきた。それでまた言葉がつげた。
「と涙の出るようなことをいうてだったが、ここに来たら最後、見なさるとおり、婆やなどは眼にも入らぬげでなもし」
婆やはそこにいる四人に万遍《まんべん》なく聞き取らせようとするので容易でなかった。肥った身体を通りすがりの人にこづかれながら、手真似をまじえて大きな声になった。
おたけさんが我慢がしきれなくなったらしく、きゅうに口もとに派手《はで》な模様の袖口を持っていった。三隅さんのお袋はさすがに同情するらしく神妙にうなずいていたが、おぬいさんもだいぶ怪しかった。婆やは今度はおたけさんの方に鉾《ほこ》を向けた。
「あなたも年をとってみるとこの味は分ってきなさるが……」
皆まで聞かずにおたけさんはとうとう顔を真赤
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