ては十二分の重荷であるのを清逸はよく知っている。弟の純次は低能に近いといっていいから尋常小学だけで学校生活をやめたのはまずいいとしても、妹のおせいに小樽で女中奉公をさせておかねばならぬというのは、清逸の胸には烈しくこたえていた。清逸が会社か銀行にでも勤めていたら(そんな所にいる自分を想像するほど矛盾《むじゅん》と滑稽《こっけい》とを感ずることはなかったが)おせい一人くらいを家庭に取りかえすのは何んでもないことだったろう。一人の妹、清逸がことに愛している一人の妹の身を長い間不自由な境界において我慢しているのは、清逸だからできるのだと清逸は考えていた。しかしどうかすると清逸はそのためにおそくまで眠りを妨げられることがあった。けれどもどんな時でも、清逸が学問をするために牽《ひ》き起される近親の不幸(父も母もそのためにたしかに老後の安楽から少なからぬものを奪われてはいるが)は、清逸をますます学問の方に駆りたてはしても、躊躇させるようなことは断じてなかった。
 清逸は小学校の三年を卒業する時から、自分は優れた天分を持って生れた人間だとの自覚を持ちはじめたことを記憶している。田舎の小学校のことだか
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