ちの方から話の糸口を引きだして、父の失敗が気にかけるほどのものではないのを納得させたものだろうか、それとも話の出ないのをいいことにしてうやむやにすましてしまったものだろうかと考えた。久しぶりで戸外に出た父は、むだ話の材料をしこたま持って帰っているに違いない。思出話ばかりを繰り返している反動に、それを一つ一つ持ちだされるのは清逸にはちょっと我慢のできないことらしかった。さらぬだにいらいらしがちな気分と、消耗熱《しょうもうねつ》のために我慢が薄くなっているのとで、清逸はそれを恐れた。清逸はつまらぬこととは思いながら白石の父の賢明さを思い浮べた。父子で身にしみじみと話しこんで顔にとまった蚊が血に飽きすぎて、ぽたり[#「ぽたり」に傍点]と膝の上に落ちるまで払いもせずにいたという、そういう父子の間柄であったのを思い浮べた。その挿話は前から清逸の心を強く牽《ひ》いていたものだった。
 父は煙草をのんではしきりに吐月峰《とげっぽう》をたたいた。母も黙ったまま針を取り上げている。
 店の方に物を買いに来た人があった。母はすぐ立っていった。
「どうもやはり北海道米はなあ増《ふ》えが悪るうて。したら内地米
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