「そうだ、君にだ」
そう園のいうのを聞くと、ガンベは指の短かい、そして恐ろしく掌の厚ぼったい両手を発矢《はっし》と打ち合せて、胡坐《あぐら》のまま躍り上がりながら顔をめちゃくちゃにした。
「星野って奴は西山、貴様づれよりやはり偉いぞ」
西山は日ごろの口軽に似ず返答に困った。西山が星野を推賞した、その矛《ほこ》を逆まにしてガンベは切りこんできた。星野が衆評などをまったく眼中におかないで、いきなり物の中心を見徹していくその心の腕の冴《さ》えかたにたじろいたのだ。しかたなしに彼は方向転換をした。そして、
「園君、君が最初に頼まれたんだろう」
と搦手《からめて》からガンベの陣容を崩そうとした。
「いいえ別に、僕は手紙をおぬいさんにとどけるように頼まれただけだった」
それが園の落ち着いた答えだった。
「俺が札幌にいりゃ、この幕は貴様なんぞに出しゃばらしてはおかなかったんだが」
そういって西山は取ってつけたように傍若無人《ぼうじゃくぶじん》に高笑いするよりのがれ道がなかった。
柿江は三人の顔にかわるがわる眼をやりながら爪をかみ続けていた。あのままで行くと狂癲《きちがい》にでもなるんでは
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