「俺は不愉快だよこの場合。俺は今日は練習のために演説をやったんじゃないからな。冗談と冗談でない時とはちっと区別して考えるがいいんだ」
 園が西山のいきまくのを少し恥じるように書物の方に眼を移した。おたけはぎごちなさそうに人見から少し座をしざった。たった今までの愉快さは西山から逃げていった。西山自身があまりな心のはずみ方に少し不安を抱きはじめた時ではあったが……
「それはそうだ。ひとつ西山のいったことを話題にして話し合ってみよう」
 いつも部屋の中でも帽子を取ることをしない小さな森村が、眉と眉との間をびくびく動かしながら、乾ききった唇を大事そうに開け閉《た》てした。
「私もう帰りますわ」
 おたけはきゅうにつつましくなった。肉感的に帯の上にもれ上った乳房をせめるようにして手をついていた。西山のけんまくに少し怖れを催《もよお》したらしい。クレオパトラは七歳になったばかりの大きな水晶のような眼を眠そうにしばたたいて、座中の顔を一つ一つ見廻わしていた。
「誰か送ってやれ」
 人見が送りたがっているのを知っているから西山はこういった。人見には送らせたくなかったのだ。西山にそういわれると人見はた
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