さく激しく沸き立ちはじめた。
「その鞄は」
と小母さんは怪しむように尋ねた。
「今お話します」
園は小母さんの怪訝《けげん》そうな顔に曖昧《あいまい》な答えをしながら、美しい楕円の感じのする茶の間に通って、いつもの所に、……柱を背にして倚《よ》りかかることのできる……胸の動悸《どうき》を気にしながら坐った。
「どうなすったのです……明りのせいかしらん、……お顔の色がお悪いようですが……」
火鉢のわきに小母さんが、園からずっと離れて茶箪笥《ちゃだんす》の前におぬいさんが座をしめた時には、園の前にはチャブ台は片づけられていた。園は自分の顔が醜《みにく》いほど充血しているだろうとばかり信じていたのに、そう小母さんにいわれてみると、手の先までが寒さのためばかりでなく冷えきっているのを感じた。自分の気持をそのまま先方に移すことができるだろうか、そういう不安がかすかに動いた。彼はその場になって、かすかにでもそう感ぜねばならぬのが苦しかった。それゆえ彼は已むを得ずますます口少なになった。何もかも一度に二人に言いきってしまった時に感じるだろう心のすがすがしさと、それを曲って取られはしないかという
前へ
次へ
全255ページ中244ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング