も、自分の家から死者の出たのは、園が生まれてから始めてのことなので、よけいそうした感じが起らないのかもしれなかった。母の顔も平生のとおりの母の顔、兄の顔も今年の夏別れる時に見たままの兄の顔。玄関からなだら上りになった所に、重い瓦を乗せてゆがみかかった寺門がある。その寺門の左に、やや黄になった葉をつけたまま、高々とそそり立つ名物の「香い桜」。朝の光の中で園がそれを見返った時、荒くれて黝《くろ》ずんだその幹に千社札が一枚斜に貼りつけられてあって、その上を一匹の毛虫が匐《は》っていた。そんなことまでが、夏見たままの姿で園の眼の前に髣髴《ほうふつ》と現われでた。
 しかもこれらのあまりといえば変化のなさすぎるような心の印象《イメージ》の後には、何か忌々《いまいま》しい動揺が起ろうとしているように思えた。実際をいうと、園は帰京せずに、札幌で静かに父の死を弔《とむ》らいもし、一家の善後ということも考えてみたかったのだが「スグカエレ」という電文に背《そむ》くべき何らの理由もなかった。
 園は星野の手紙の下から父の手紙を取りだしてみた。封を切ろうとしたが何んのゆえともなくそれができなかった。どうもその
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