も、一度だけでも……おせいは切羽《せっぱ》つまった気持の中で、悲しい嬉しい瞬間を心に描いた。それがせめてもの腹いせだった。……そして死んでしまえばそれでいいんじゃないか……
「お父さんはたってと勧めるんじゃない……が、お前はどうしても気が向かないというのだな……」
おせいはびくりとして夢のようなところから没義道《もぎどう》にひきもどされた。彼女はいつの間にかハンケチを眼にあてていた。
「まあお父さんの胸の中もひととおり聞いてくれ。俺も五十二になる。昔なら殿様に隠居を願いでて楽にくつろぐ時分だが、時世とはいい条《じょう》……また、清逸の奴がどういうつもりなのか、あの年になっていて、見さかいのなさ加減はない。このごろもお前、家にいて、毎日の家の様子は見ているくせに、箒《ほうき》一つ取るでもなく、家いっぱいにひろがって横着をきめている始末だ。学問ができるのなんのって人がちやほやするのを真《ま》に受けてしまってからに、有頂天《うちょうてん》になっている。あんな病気を背負いこんで薬代だけでもなみたいていでないのに、東京へ出かけようといってさらに聞かんのだ。俺もこうやってはいるがいざとなればその
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