できなかったが、答えようともしなかった。
 やがて咳をしるべに純次が小道を下りてきた。孵化場《ふかじょう》から今帰りがけのところとみえて、彼が近づくと生臭い香いがあたりに香った。ぼんやりした黒い影が清逸の後ろに突っ立った。
「今ごろ何んだってこんな所に来るだ。病気が悪るくなるにきまってるに。兄さんはまるで自分の病気を考えねえからだめだよ。皆んな迷惑するだ」
 いかにも突慳貪《つっけんどん》にその声はほざかれた。
「背中をさすってくれ」
 清逸はきれぎれな気息の中からそういった。ごつごつした手がぶきっちょうに清逸の背中を上下に動いた。清逸はその手の下でしばらくの間咳きつづけた。
 咳がやんでも純次はやはりさすり続けていた。清逸は喀痰《かくたん》を紙に受けていくらかの明るみにすかしてみた。黒い色に見えて血がかなり多量に吐きだされていた。彼は咄嗟にそれを丸めて水中に投げようとしたが、思いかえして自分の下駄の下に踏みにじった。この川下に住む人たちは河の水をそのまま飲料に用いているからだ。
 純次はまだ懸命に兄の背中をさすり続けていた。清逸は一種の親しみを純次に感じて、
「もうよくなった。さあ帰
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