想的に行くか何《ど》うか、それは随分困難のことでせう。私も常にその覚悟はしてゐます。
A 先つきのお話のやうに、今のところは村の出這入りが多少あつても『新らしい村』などの場合と違つて、家族と一緒に暮すのですから、割合に居着き易いと思ひますが、それに土地が自分のものにはなるし、暮し易くはなるしするのですから、段々安住する気になると思ひますが。それに、今度の制度の訓練が段々に上手になつて来ましたら。
B それはそんなものかも知れませんが。それとは又別な困難が一つあるのですから。田舎にばかりゐる人は、何《ど》うしても都会に憧れを持つのです。その都会憧憬の心ですな。その為めに小汚ない百姓の足を洗つて、都会へ出てもつと綺麗な仕事をしてみたいといふやうな気が起るのですな。その為めに、落ちつけなくなるのです。私が教へた生徒の中に、一人千葉県人が居りましたが、その人の話に依ると、その村の青年達の理想は、東京へ出て来て自動車の運転手になることだといふから呆れるぢやありませんか。
A 成程、鎌子事件の主人公となつた夢なども悪くはありませんね。
B そんなことで、いろ/\の困難なことが伴つて来るだらうと思ひますが、私も一旦農場を寄附する以上、今後は何《ど》うなつてもいゝやうなものゝ、再び資本家の手に這入つて終ふやうなことは仕度くありませんので、その悪結果を防ぐ方法として、先つきの話のとほり、共産組合の組織にしようとしてゐるのです。今度の成案などは、まだ/\ほんの初めのことで、不完全なものでせうが、組織は農団組合を管理する理事を置いて、これが実務に当ることになるのです。その外に、幹事を数名置くことになりますが、これが会社でいふ監査役といふところです。こんなものが、農民自身の選挙で置かれることになります。今迄の管理者なども勿論、一個の組合員になつて終ふのです。――それに規定の内容は、(一)貯金の便利の為めの信用組合、(二)販売組合、(三)購買組合、(四)利用組合、(五)農業倉庫、その他いろ/\とあるのですが、兎に角、農場開放のことは、私自身の気持や、態度などといふことはすつかり確定してゐて、今まで言つたとほりですが、その土地の内部組織などのことは、恰度その過程にあるのですから、その積りでゐて欲しいのです。すつかり確定すれば、又お知らせしますから。
[#地から1字上げ](『解放』大正十二年三月)
底本:「有島武郎全集第九卷」筑摩書房
1981(昭和56)年4月30日初版第1刷発行
2002(平成14)年2月10日初版第3刷発行
初出:「解放 第五巻第三号(三月号)」
1923(大正12)年3月1日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記を新字、旧仮名にあらためました。
※底本ではルビが付されていない以下の字に、ルビを付しました。
何う、列べ、終つた、鯡、迚も、縦令、何の、恰度。
※「就て」と「就いて」の混用は、底本のままとしました。
入力:mono
校正:染川隆俊
2009年8月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング