んだ。乞食じゃなかったんだ。橋本のおじさんだったんだ。ぼくはすっかりうれしくなってしまって、すぐ石段を上って行った。
「あら、竹男さんじゃありませんか」
と目《め》早くぼくを見つけてくれたおばさんがいった。橋本さんの人たちは家じゅうでぼくたちを家の中に連れこんだ。家の中には燈火《あかり》がかんかんとついて、真暗なところを長い間歩いていたぼくにはたいへんうれしかった。寒いだろうといった。葛湯《くずゆ》をつくったり、丹前《たんぜん》を着せたりしてくれた。そうしたらぼくはなんだか急に悲しくなった。家にはいってから泣《な》きやんでいた妹たちも、ぼくがしくしく泣きだすといっしょになって大きな声を出しはじめた。
ぼくたちはその家の窓《まど》から、ぶるぶるふるえながら、自分の家の焼けるのを見て夜を明かした。ぼくたちをおくとすぐまた出かけて行った橋本のおじさんが、びっしょりぬれてどろだらけになって、人ちがいするほど顔がよごれて帰って来たころには、夜がすっかり明けはなれて、ぼくの家の所からは黒いけむりと白いけむりとが別々になって、よじれ合いながらもくもくと立ち上っていた。
「安心なさい。母屋《おもや》は焼けたけれども離《はな》れだけは残って、おとうさんもおかあさんもみんなけがはなかったから……そのうちに連れて帰ってあげるよ。けさの寒さは格別だ。この一面の霜《しも》はどうだ」
といいながら、おじさんは井戸《いど》ばたに立って、あたりをながめまわしていた。ほんとうに井戸がわまでが真白《まっしろ》になっていた。
橋本さんで朝御飯《あさごはん》のごちそうになって、太陽が茂木《もぎ》の別荘《べっそう》の大きな槙《まき》の木の上に上ったころ、ぼくたちはおじさんに連れられて家に帰った。
いつのまに、どこからこんなに来たろうと思うほど大ぜいの人がけんか腰《ごし》になって働いていた。どこからどこまで大雨のあとのようにびしょびしょなので、ぞうりがすぐ重くなって足のうらが気味悪くぬれてしまった。
離《はな》れに行ったら、これがおばあさまか、これがおとうさんか、おかあさんかとおどろくほどにみんな変わっていた。おかあさんなんかは一度も見たことのないような変な着物を着て、髪《かみ》の毛なんかはめちゃくちゃになって、顔も手もくすぶったようになっていた。ぼくたちを見るといきなり駆けよって来て、三人を胸《
前へ
次へ
全11ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング