て頭をもち上げた。それを見たらぼくはきたないのも気味の悪いのもわすれてしまって、いきなりそのそばに行って頭をかかえるようにしてかわいがってやった。なぜこんなかわいい友だちを一度でもぶったろうと思って、もうポチがどんなことをしてもぶつなんて、そんなことはしまいと思った。ポチはおとなしく目をつぶったままでぼくの方に頭を寄せかけて来た。からだじゅうがぶるぶるふるえているのがわかった。
 妹や弟もポチのまわりに集まって来た。そのうちにおとうさんもおかあさんも来た。ぼくはおとうさんに手伝って、バケツで水を運んで来て、きれいな白いきれで静かにどろや血をあらい落としてやった。いたい所をあらってやる時には、ポチはそこに鼻先を持って来て、あらう手をおしのけようとした。
「よしよし静かにしていろ。今きれいにしてきずをなおしてやるからな」
 おとうさんが人間に物をいうようにやさしい声でこういったりした。おかあさんは人に知れないように泣《な》いていた。
 よくふざけるポチだったのにもうふざけるなんて、そんなことはちっともしなくなった。それがぼくにはかわいそうだった。からだをすっかりふいてやったおとうさんが、けががひどいから犬の医者をよんで来るといって出かけて行ったるすに、ぼくは妹たちに手伝ってもらって、藁《わら》で寝床《ねどこ》を作ってやった。そしてタオルでポチのからだをすっかりふいてやった。ポチを寝床の上に臥《ね》かしかえようとしたら、いたいとみえて、はじめてひどい声を出して鳴きながらかみつきそうにした。人夫たちも親切に世話してくれた。そして板きれでポチのまわりに囲いをしてくれた。冬だから、寒いから、毛がぬれているとずいぶん寒いだろうと思った。
 医者が来て薬をぬったり飲ませたりしてからは、人足たちもおかあさんも行ってしまった。弟も寒いからというのでおかあさんに連れて行かれてしまった。けれどもおとうさんとぼくと妹はポチのそばをはなれないで、じっとその様子《ようす》を見ていた。おかあさんが女中に牛乳《ぎゅうにゅう》で煮《に》たおかゆを持って来させた。ポチは喜んでそれを食べてしまった。火事の晩から三日の間ポチはなんにも食べずにしんぼうしていたんだもの、さぞおかゆがうまかったろう。
 ポチはじっとまるまってふるえながら目をつぶっていた。目がしらの所が涙《なみだ》でしじゅうぬれていた。そして時々
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